244、モモ、直感する~試練を乗り越えると一回り大きくなれるって本当かなぁ?~前編
いつもより白い自分のお顔が化粧台の鏡に映ってる。アニタ様とのお茶会当日、桃子は豪華な白いドレスを装着して、メイドのお姉さん達にお化粧をぱたぱた施してもらっていた。目元にアイシャドーを入れられると、いつもよりキリリッとした雰囲気になった。ちょっとつり目に見えるねぇ。それが終わるとレリーナさんが髪を丹念に梳かしてくれた。仕上げに髪飾りを右耳の上にパチッと留めて完成だ。
薄い宝石を何枚も重ねて薔薇となってる髪飾りは、カイからの贈り物だ。綺麗だから失くしたくなくて、今までは居候させてもらっているお部屋でこっそりつけて楽しんでいたんだけど、今回はこの髪飾りと、前回同様バル様の首飾りもつけることにした。2つも揃ったらお守り力もアップしてるはず! 桃子がそう思いながら鏡を見つめていると、ジャックさんが近づいてきた。
「レリーナさん、こっちは支度が整ったそうですよ。モモちゃんはどんな感じですか?」
「今回は加護者様の時の雰囲気に合うようにお姿を変えさせていただいたわ。──違和感はございませんか?」
「ちっとも! レリーナさん達のおかげで、ちゃんと加護者っぽく見えるね」
「化粧の仕方でまた違った感じがするなぁ。いつもより目尻が上がってて、強気に見えるぜ。これであの口調ならいけるよ」
「ほんと? それならアニタ様とも対等にお話し出来るかも! ……ううん、加護者ならそうしなきゃいけないよね」
桃子は椅子から降りると、大きく深呼吸して胸元で輝く首飾りごと胸を押さえる。慎重に話を振らないといけない。加護者様を演じきって、今日のピンチも乗り越えてみせるよ! 桃子が心の中で五歳児と一緒に気合を入れていると、部屋の前に立ってくれている護衛騎士のお兄さんが声を上げた。部屋の中にぴりっとした空気が生まれる。
「加護者様、陛下のご側室であられるマデリン様の侍女が文をお渡ししたいと言っています。急ぎとのことですが、どうなさいますか?」
アニタ様がやってくるのにマデリン様の関係者が部屋の前にいるのはまずい気がする。なにか誤解も生まれそうだし早めに帰ってもらった方がいいだろう。
「レリーナさん、私の代わりに受け取ってくれる?」
「えぇ、そのようにいたしましょう。モモ様がお出になられると、あちらが無理やり引きとめにかかるやもしれません」
レリーナさんはメイド仕込みの姿勢の良さで廊下に出て行く。そしてすぐに白い封筒を片手に戻ってきた。
「使いの者が、すぐにお読みくださいと」
手渡されたのは、金の刺繍入りの豪華な封筒だった。ひっくり返すとよほど急いだのか、早く読ませるためか、封もされていなかった。桃子はさっそく手紙を開いてみる。
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加護者様、今のアニタ様は情緒がとても不安定なご様子です。
近頃の王様は、王妃様ばかりを傍にお許しになり、それ以外は遠ざけておられるようで、私共側室は大変寂しい思いをしているのです。さらに、アニタ様はこの季節にお子を亡くされておりますので当時の悲しみをも思い出しているのでしょう。
しかし、それを理由に加護者様にご迷惑をおかけするのは筋違いと、私は考えております。
ましてや、加護者様はバルクライ殿下の庇護の元にございましょう。なにごとかが加護者様の身に降りかかれば、殿下もさぞお心を痛ませることと憂いまして、僭越ながらご忠告めいたお手紙を送らせて頂きました。私の思い過ごしであればよいのですが、お茶会の際にはどうかお気をつけ下さいませ。
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桃子は読んだ手紙をレリーナさんとジャックさんに見せた。本来ならマナー違反なんだろうけど、今回は特別だ。その必要があると思ったのだ。
「うーん。私を心配している言葉に見えるんだけど、なんだろう? なんかそれだけじゃない気がして、引っかかるの! 警戒し過ぎなのかなぁ。2人はどう思う?」
「今回のお茶会は、モモ様とアニタ様の間だけで行われるお話でした。王妃様は例外とさせて頂いたとしても、何故そのお茶会をご存じなのでしょう、と言いたいところですが、ご側室同士の争いを考えれば敵の情報を事前に握るのは当たり前のことでしょうね。モモ様が感じ取られた違和感はそれでは?」
「それに王様へ側室の寂しさを伝えてほしいっていう意図も感じるぜ。モモちゃんを心配しているのが振りなのかまではわからないけど、強かな女だな」
桃子は2人の意見を聞きながら、もう一度お手紙をじっくりと読み返す。すると、あることに桃子は気付く。これってもしかして……。
「違和感の正体がわかっちゃったかも」
ただの予想でしかないけど、十六歳の桃子の勘がこれだぁ! って叫んでる。もし、それが事実だとしたらとんでもない秘密を知ってしまったことになる。思わず遠くを眺めそうになった桃子に、2人が真剣な表情で桃子に聞いてきた。
「どのようなことにお気づきになられたのですか?」
「うん、あのね…………」
桃子が声を小さくして口を開きかけると、再び廊下側で護衛騎士のお兄さんの声がした。
「加護者様、アニタ様のお越しでございます!」
慌ててお口を閉めて、桃子は王妃様を思い浮かべながら毅然とした表情を作る。開かれた扉の向こうから、スレンダーラインの青いドレスを着たアニタ様が入室する。部屋の中は一瞬でぴりぴりを通り越してバチバチッと静電気が起こりそうな空気となる。桃子は声を張って、表情に陰りのあるアニタ様に挨拶した。




