243、モモ、噛みしめる~疲れた時はもふもふを心ゆくまで堪能すべし!~後編
トーマの問題もアニタ様とのお茶会も、全部丸ごと解決したい! でも今はお仕事を頑張る時! 廊下を進んで階段をうんしょうんしょと上る。すれ違う団員さんに挨拶しながらキルマのいる執務室を目指す。
ルーガ騎士団師団長の執務室前に到着した桃子は、息を整えてノックをすると中に声をかけた。
「キルマ副団長、書類を持ってきました! …………あれ?」
「留守みたいだな。きっとすぐに戻ってくるさ。中で待ってようか、モモちゃん」
後ろに付いて来てくれているジャックさんが助言をくれた。桃子は大きく頷くと、扉を開けてくれたジャックさんにお礼を言いながら入室した。しかし、中にいた人を見つけた瞬間、反射的に足がびたっと止まることになった。
「…………」
「…………っ」
「え? なんで見つめ合ったまま固まってんの? モモちゃん? 団員さん? ちょっ、えぇっ?」
ジャックさんは頭の上にハテナがたくさん浮かんでそうな反応をしている。戸惑われてるのはわかるんだけど、答えられない。眼力があり過ぎるお兄さんと視線が合っちゃってるの! どこかの隊の隊長さんだったはずだけど……目が、目が反らせない!
ジロリとした目を細められて、桃子はその迫力に思わずないはずの尻尾を丸めて後ずさりしそうになった。けれど、お兄さんの腕の中には人質となったバルチョ様がいる。円らな瞳が、逃げろ! って言ってる気がしたけど見捨てられないよぅ! 桃子は勇気を振り絞って自分の今の立場を伝えてみる。
「キルマ副団長のお手伝いのモモですっ!」
「前に一度名乗ったが、1番隊長、ダナン・ロークンだ。これを……」
相変わらず目力は強いけど、バルチョ様を執務机の上に戻したダナンさんはポケットをごそごそ探って、桃子の前ですっとしゃがみ込む。上向いた手の平にはたまねぎみたいな形に捩られた紙に包まれた何かが乗っていた。
「くれるの、ですか?」
「詫びの菓子だ。怖がらせてすまんな。……自分は出直すことにしよう」
桃子は全力で謝りたくなった。だってこのお兄さん、勝手に私が怖がってただけで、自分はちっとも悪くないのに怖がらせたからって謝っちゃうんだよ!? 桃子は足早に執務室から出て行こうとするダナンのズボンの端を慌てて掴みに行く。桃子達のやり取りを見守っていたジャックさんが、扉の前に立って通せんぼしてくれたので無事にズボンの端を捕まえられた。やったよ!
「待って! キルマ副団長にご用があったんだよね? 私、ダナンさんのこともう怖くないから、このお部屋の中で一緒に待とう? あの、それじゃ、いや?」
「ありがたいが、そちらは本当にいいのか? 自分はこの通り、目付きが悪いために子供に号泣されることが多いので、慣れている。我慢することはない」
泣かれるまでは予想がついてたけど、それより上の言葉に驚くしかない。ご、号泣なんだね!? 心なしか悲しそうなダナンさんが気の毒で桃子は違う意味で号泣しそうになった。子供に怖がられちゃうから、お菓子でお詫びをしようなんていじらしいよねぇっ。仲良くしたい気持ちが伝わった。桃子は大きく何度も頷くと、怖くないよってアピールする。
「本当に平気だよ? ダナンさんが良い人なのはわかるもん。もしよかったら、副団長が帰ってくるまでおしゃべりしてよう?」
「そちらがいいのなら。ところで……この人形はどこで手に入れたんだ?」
「バルチョ様のこと? メイドのお姉さん達が作ってくれたの! バル様が任務でお外に行っちゃうから私が寂しくないようにって」
「……そうなのか」
気になるのか、じぃーっと音が聞こえそうな強さでバルチョ様を凝視してる。そんなに見られたらバルチョ様も照れちゃうんじゃないかな? 桃子は貰ったお菓子をスカートのポケットにしまうと、執務机に近づいて、書類を丁寧に置く。任務完了! そうして背延びをしてバルチョ様に手を伸ばす。抱っこすると疲れが吹き飛んじゃうよ! 身体を左右に揺らしてもふもふを堪能していたら、ダナンさんの視線を感じた。やっぱりバルチョ様に向けられているみたい。桃子はそっとバルチョ様を差し出してみた。
「ダナンさんも抱っこする?」
「少し調べてもいいか?」
「うん? いいよ?」
お人形に触ったことがないのかもしれないね。もふもふした感触が癖になりそうで気になってるの? 桃子が手渡すと、ダナンさんはさっそくバルチョ様の顔をもふり出した。もふもふもふもふ……エンドレス。そしてひっくり返すと今度は何かを探すように背中の部分に手を当てて動かしている。お医者さんの触診みたい。
痛いところはないですかー? 最近腰が痛むんだが……。あー、持ち主さんが腰のあたりをぎゅっとする機会が多いんじゃないですか? それが原因ですねぇ。なんてことを頭の中でアフレコして待っていると、ダナンさんの触診が終わって、バルチョ様が返ってくる。
「もういいの?」
「あぁ。気のせいだったようだ」
なにか確認してたの? でも満足してくれたのならよかったです! 桃子はバルチョ様を抱っこして笑顔になった。キルマが帰ってくるまで、隊長さんのお仕事について聞いてみようかなぁ?




