242、モモ、噛みしめる~疲れた時はもふもふを心ゆくまで堪能すべし!~前編
必要に迫られてお茶会を開くことになった桃子は、専属護衛であるレリーナさんとジャックさん、そしてお城の護衛騎士であるユノスさんに相談して必要な準備を進めることにした。とは言っても、ほとんどレリーナさんが取り仕切ってくれたので、桃子がしたのは贈られたドレスの試着と、当日アニタ様にどのようなお話を振るべきか、と言った招待主がするべきことだけである。
ユノスさんにも事情を説明して、当日は護衛騎士のお兄さん達にいつもより気にかけてほしいとお願いした。それから、レリーナさん達の意見もあって、バル様のお屋敷から一緒にお城に来てくれているメイドさん達にも声をかけておいた。アニタ様を疑うのは気が咎めちゃうけど、周囲に迷惑をかけないためにも出来ることはやっておかなきゃね!
ルーガ騎士団は今日も平常通りに動いているようだ。鍛錬場ではドラゴンに乗ったお姉さんと剣をもったお兄さんが模擬戦をしている。どっちも軽やかな動きが体重を感じさせない。
「わっ! わっ! すんごい動き!」
「やるねぇ。ドラゴンと戦うってのは楽しそうだなぁ。オレも混ざりたいぜ」
書類を運んでいる最中に見かけた鍛錬場の様子に桃子は目が釘付けになっていた。お兄さんの身体能力のすごさに思わず歓声を上げて夢中になって眺めていると、本日は1人で護衛を務めてくれているジャックさんも桃子と一緒に観戦の姿勢を見せる。雰囲気がわくわくしてるね。
あっ、団員さんがドラゴンの翼攻撃を上半身を逸らして避けた! その仕草一つ見ても、アクロバティック! 本当に身体の中に骨ありますか!? って聞きたくなるほど柔らかくも力強い動きをしてる。思わずじっくり見ていると、前方から歩いていた人にぶつかっちゃった。その人の足にこめかみが当たった。軽くだったから痛くなかったんだけど、手で押さえて反射的に頭を下げる。
「ごめんなさい!」
「すんませんっ」
同時に男の人の慌てた声が降ってきた。その声に桃子は顔を上げて驚くことになる。ぶつかってしまったのは、目の下にうっすら隈をはりつけたトーマのお友達、ファングルさんだったのだ。
「あ、加護者の、えーっと、モモちゃん、だったよな? ごめんな、ちょっとぼーっとしてて」
「私は平気だけど……ファングルさん、顔色が悪いよ? 具合が悪いの?」
「呼び捨てでいいよ。いやいや、元気だけが取り柄のオレだから! これはただの寝不足。なんか最近嫌な夢ばっかり見るんだ。それであんまり眠れなくてさ」
「トーマのことが気になってるんだね?」
「……オレ、要領が悪いから、トーマのことをイライラさせることが多くて、それで見限られちゃったのかもなぁ。へへっ、馬鹿だよな、それでもオレはあいつのことをまだ親友だと思ってるんだから」
無理した笑顔を見せて、目元を指で擦って隈を誤魔化そうとするファングルに、桃子は奥歯をぎゅっと噛みしめた。きっとトーマに拒絶されたのが相当ショックだったんだ。違うんだよ! 本当は……って言いたくなる。でも、トーマと約束しちゃってるから、言えない。言えないことが増えていく。こう言う時、本当にもどかしい。……言いたいよぅ。教えてあげたい。トーマはちゃんとあなたのことを認めてるんだよ、って。
「諦めるのが早くないか? 親友だからまったく喧嘩しないなんてことはないだろ。男同士だぜ? だったら口を割らせちゃえよ。オレなら、しつこく執念深く追い回してなにがなんでも吐かせるぞ」
ジャックさんがふんっと鼻息を荒く腰に両手を当てて断言する。その言葉を聞いて、ファングルの顔に僅かに生気が戻ったようだ。ごくっと喉を鳴らして、ジャックさんに尋ねている。
「ぐ、具体的にはどんな手を使うんすか?」
「そりゃあお前、拳でぼ……口を割るまでくすぐるかな!」
こっちをちらっと見て、言いかけた言葉を方向転換したのは気のせい? 拳に続く言葉はもしかして、ぼこぼこ? ぼこぼこなの? 桃子は不思議な気分で温厚なはずの専属護衛さんに視線を向けた。なんの含みもなく見てただけなのに、ジャックさんが決死の表情で、桃子の前に片膝をついて狭い両肩をがしっと両手で掴んでくる。おおぅ!?
「モモちゃん、今のは忘れような! な! ジャックさんの本気のお願いデス!」
「ウン、ワスレルノ」
必死なジャックさんにつられてカタカナ発音になっちゃったよ。こくこく頷くと、情けない顔で長く太いため息を吐いてる。
「あっぶねぇ。レリーナさんに怒られるところだった。いや、叱られるのは構わないんだけど。というか、むしろ歓迎する気持ちもあるっていうか……でも、これは嫌われる方の怒られ方だよな」
「……はは、はははっ! そのレリーナさんって、この間一緒だった美人ですか? あんたほどガタイのいい男も女の尻に敷かれたりするんすね」
「誰でもじゃないからな! あの人はオレの、その、ほ、惚れた相手だから特別なんだよ!」
「照れんでくださいよ。こっちまで恥ずかしくなるっすわ!」
ファングルの笑った顔にはやっぱり隈があるんだけど、気分は少し回復したみたい。顔を赤くしてるジャックさんのおかげだね! 桃子はにこにこしながらそんな2人を眺めていたけれど、手元でカサッと音がして目を下げる。そこには配達途中の書類が、お忘れですか!? と言わんばかりの主張をしていた。はぅっ、私まだお仕事の途中だったよ! 慌ててジャックさんに声をかける。
「ジャックさん、お仕事に戻ろう! 私、書類を届けに行かなきゃ」
「おっと、そうだったな」
「慌ただしくてごめんね、ファングル。私もう行くよ。……出来たら、トーマのことを諦めないでほしい」
「話しを聞いてくれてありがとな。仕事頑張れよ」
桃子は迷いながらもそう言葉をかけた。トーマとの約束を破らないまま、でも問題が解決するきっかけになればと思ったのだ。ファングルは明るく手を振ってくれる。自分の中でまだ考えが決まっていないんだろうね。桃子も手を振り返すと、ジャックさんをお供にたったか走り出す。スピードはゆっくりめに抑えて、人にぶつからないように気をつけながら急ぐ。




