238、モモ、尊敬する~美しいものを見ると、心を揺さぶられるよねぇ~
「待っていたぞ、モモ!」
お城の美味しい夕食を頂いて元気を取り戻した桃子は、お迎えに来てくれた侍女のお姉さんに案内されて、王妃様のお部屋で抱っこの熱烈歓迎を受けていた。王妃──ナイル様は昼間の騎士のように凛々しい服装と違い、首周りが広めで、大きなお胸の谷間がちらりと覗く色気大爆発のネグリジェを身に着けていた。金糸で刺繍がされているが、その豪華さがとても似合っている。迫力美人さんは寝間着姿でも迫力美人さんだねぇ
「こんばんは。お邪魔します、王妃様」
「今日の王妃業は終了したからな、私のこともナイルと呼んでくれ。清楚で可憐なネグリジェが可愛いな。やはり女の子は着飾る楽しみがあるからいい。男共の服など見た所で楽しくもなんともないからな」
ナイル様は辛口なコメントをしながら桃子をソファまで運んでくれる。室内は豪奢ながらも男前な王妃様らしいもので整えられていた。
ベッドは天蓋がつかない普通のものだが、かなりの大きさで壁側のまん中にあり、バル様のお部屋のものよりかなり大きい。壁には装飾が施された金の棚が置かれており、ガラス越しにお酒の瓶がたくさん並べられているのが見えた。細長いガラス戸の中には大きな弓や宝石だらけの剣もある。すんごい豪華な剣! 物語の中で出てくる勇者様が持ってそうだけど、あれは実用品なのかなぁ?
なんて考えている内に、二人がけの赤いソファに下された。ドーナッツ、チョコレート、ステック菓子が用意されていて、恋バナの準備は万全のようだ。桃子は素晴らしい光景に口を丸くする。
「ふぁぁぁぁっ、お菓子!」
「ラルンダの所ではあまり食べられなかっただろう? 簡単につまめるものを用意した。飲み物は紅茶とジュースがあるが、どうする?」
「それじゃあ、紅茶をお願いしたいの」
桃子がそう答えると、ナイル様は楽しげな様子でさっそくお子様用のカップに紅茶を注いでくれる。部屋の中に紅茶のいい香りが漂う。一口頂くと甘い香りが鼻を抜けた。心がほわっと解されてく。
「紅茶はほっとするねぇ」
「そうだな。さて、さっそく恋ばなとやらをしようか。モモは元の世界で好きな相手はいなかったのか?」
「女の子で仲良しな子はいたけど、男の子で特別な人はいなかったの」
「そうなのか? 友人とはどんなことをして遊んでいたんだ?」
「カラオケって言う、歌を歌うところに一緒に遊びに行ったり、おしゃべりしたり、お洋服を見に行ったり、お菓子を作ったりしたよ。その子のお家にお泊まりすることもあった」
「たいそう仲が良かったのだな。私にもモモと同じように親しい友がいたんだ。立場は、正室と側室という違いがあったが、リリィは私の一番の友だった」
ナイル様が寂しそうに笑う。バル様を育ててくれたのは、実の母であるリリィ様と親しい間柄にあったからだったのだ。
「あの、聞いてもいい? ……ナイル様は、王様のことをどう思っているの?」
「例えるなら、長年共にこの国を守るために戦ってきた戦友、だな。私はラルンダを好いてはいるが、それは男女の情愛とは違うと思っている。婚姻した日に、あの男は愚かにも正直に、他に愛する者がいると告げたんだ」
「王様そんなことをしたの!? それじゃあ、ナイル様は怒っちゃった?」
「いいや。初夜の寝室でそんなことを言い出すものだから、大笑いしたぞ。そして、望むところだと答えてやったのさ。それがあの男の本心であると感じたからだ。それをあえて見せることで正妻となる私の信頼を得ようとしたんだろう。その姿勢が気に入った」
「他の女の人なら泣いて国に帰っちゃいそう」
「はははっ、我が故国ルクルクでは、女が泣いて逃げることはないぞ。その前に手が出る。不貞の輩ならば女が叩きのめすだろうよ。私もモモに聞きたいことがある。ラルンダはお前にリリィのことを話したんじゃないか?」
「えっ!?」
驚いてカップを落としそうになる。慌てて両手で支えたので前のように胸元を濡らさらずにすんだが、桃子は動揺を顔いっぱいに出してしまう。ナイル様は物思うように目を伏せると、案じるようにほんの少し綺麗な形の眉を寄せた。
「やはり、そうだったか。モモ、私はな、リリィを心より友として愛していた。だから、ラルンダがリリィを側室に迎えたいと言った時に強く反対したんだ」
「リリィ様とは仲がよかったんだよね? それなのに、どうして?」
突然の告白に、桃子は戸惑いながらもナイルに問いかける。
「2人が苦しむ姿を見たくなかったからだ。リリィは庶民の生まれで、王の妻となるだけの覚悟を持ち得なかった。王の相手となり得る貴族の姫は、いずれ嫁ぐ時の為に教養だけでなく妻としての心構えも叩きこまれる。あの子はそれを知らないまま妻となり、私が懸念した通りになってしまった。側室からの嫌がらせや、抱えてしまった嫉妬に苦しみ、心を病むことになった」
「心を……」
「やがて、その嫉妬は王子を産んだ私にも向けられた。しかし、友に対する情も同時に持っていた彼女は、その度に自分こそが醜いと責めていたよ。そんな時、身体の弱いリリィが子を宿したことが発覚したんだ。ラルンダは彼女の身体を思って止めたが、リリィはなんとしてでも生むと聞かなかった」
「ナイル様も止めた?」
「あぁ。膝をついてリリィに頼んだ。子は諦めて、ラルンダを選んでほしいと縋ったよ。しかし、彼女は静かに微笑んで首を振ったんだ。お腹に宿ってくれたこの命を捨てられない。自分は長くは生きられないだろうから、せめてラルンダとの繋がりを残したいと言われた」
目からぼろぼろ涙が零れる。誰も悪くないのに、辛い選択を皆がしなきゃいけなかったんだと思うと、心が締めつけられた。どちらかしか選べないって辛いよ。選ばれなかった片方を傷つけることになるってわかってても、きっと、リリィ様も苦しい気持ちで選択するしかなかったんだ。その気持ちを想像するだけで、涙が止まらなくなる。ナイル様はソファを立つと、声も上げずに泣き出した桃子の隣にそっと座って抱き寄せてくれた。
「心の豊かな優しい子だな。悲しい気持ちにさせてしまうが、大事な話だからもう少しだけ聞いてくれ。──王は、孤独で険しい道をたった1人で歩かねばならない。全ての決定権を持つ代わりに、全ての責任を負わねばならないのも、王だ。だからこそ、束の間、心の安寧をもたらす彼女をあいつの隣に繋ぎとめてやりたかった。しかし、リリィの思いは、同じ女として気持ちがわかってしまった。だから、私には友を止めることが出来なかったんだ」
「……ナイル様も、王様も、リリィ様のことが大好きだったんだね」
「私にとってはかけがえのない大事な友であり、ラルンダにとっては特別な、愛する者だった。私はそんな友の忘れ形見であるバルクライの義母になってやりたかった。うるさい連中を黙らせるのに時間はかかったが、ラルンダを味方につけたのが功を奏した」
「ナイル様がバル様の義母様になってくれてよかった! だって、1人は寂しいもん……」
「そうだな。今はモモもいるからバルクライも毎日楽しかろうよ」
「お世話かけちゃってるのに?」
「可愛い子の世話は世話の内には入らないんだぞ。今度はモモとバルクライの話を聞かせてくれ。屋敷でのバルクライがどんな様子なのかもな」
朗らかな笑顔を見せるナイル様に、本当に強い人だなぁと桃子は思う。王妃としても女性としてもその生き方は美しいものだった。




