237、モモ、心に仕舞う~お子様演技はなに受賞ができますか?~後編
「いいの。鉢は残念だったけど、あの女の子に怪我がなくてよかったって思わなきゃいけないよね。お庭に勝手に入っちゃったことはまずかったかもしれないけど、わざとじゃないなら王妃様も怒らないと思うの。だから、私からの罰はなし!」
「本当によろしいのですか?」
「うん!」
加護者だからって、いばりん坊はダメです! いつも周囲に助けてもらうことが多いんだから、ありがとうって気持ちは大切にしないと。桃子も声の大きさに気をつけながらはっきり頷いて答えると、護衛騎士のお兄さんがガラス扉を開け放ってくれる。夕暮れに空の色がほのかに変化した中、ユノスさんと侍女の女の子の視線を独り占めして、いざ、加護者様っ振りを披露!
「待て、ユノス。私は咎めぬ。鉢が倒れたのは不運な事故であったのだろう」
「し、信じて下さったのですね! ありがとうございますっ! ありがとうございます、加護者様!」
「しかし、加護者様。この者が侵入したことを王妃様にご報告する義務が我々にはございます。そして、この者の主にもそれは同様になさねばなりません」
「わかった。では、王妃様とアニタ様に対するご報告はユノスに任せよう。侍女、あなたにも仕事があるはずだ。そうそうに立ち去るがいい」
「はいっ! この御恩は忘れません! 本当に申し訳ございませんでした」
侍女のお姉さんは深ーく一礼すると急ぎ足でお庭を出て行った。はぁ……この加護者様モード、短い舌を噛みそうになるし疲れちゃうよぅ。側室様達と接するのにお子様丸出しだとダメだと思って演技してるけど、ちゃんと出来てたかな?
神殿に捕まっていた時に会得した軍神様モードでなんとか貼り付けていた無表情をへにゃりと崩す。お疲れ様でした! って五歳児の自分にも声をかけると、おつかれなのーって返ってきた気がした。すっかりひと仕事を終えた気分でいると、桃子よりレベルが数段上のポーカーフェイスの持ち主、ミスター無表情代表者のユノスさんが割れた鉢を抱えて傍に来る。
「本当に逃がしてよろしかったのですか? モモ様のお部屋は側室様方が住まわれる後宮とは随分と離れていますので、いくら新人が不慣れな道を迷ったのだとしても、この庭に辿り着くなど、私には不自然に思えます」
「ごめんね、ユノスさん。せっかく本当のことを見つけようとしてくれたのに、咎めないって言っちゃって。でも、もしあの子がわざとお庭に入ったのだとしたら、あんなに脅えるのは変だと思うの。だって、お庭に無断で入っちゃえば護衛騎士のユノスさん達に咎めれるのは当然わかっていたはずだもん」
「誰かに、命じられたのやもしれません」
「ユノス! 止めておけ、それ以上は不敬になるぞ」
「…………」
同僚に止められてユノスさんは口を噤む。けれど、その目は真剣な色を失わず、桃子を見つめてくる。お城に勤める騎士の人が上の人の判断を疑う言動をした意味は大きい。本当はしちゃいけないことなんだろうけど、躊躇いながらも言ってくれたのは、平和思考の桃子を心配してのことだろう。ぞっとして心が冷えていく。急にお城がすんごく怖い場所に思えてくる。気のせいか、綺麗な青いお城なのに背景に黒が混じってきたような……やだよぅ、そのホラーテイスト。夜眠れなくなっちゃう!
「そっかぁ……そういう可能性もあるんだね。考えもしなかったよ」
「恐ろしく思われましたか? 申し訳ございません。しかし、そのような人間が存在する事実をお心に留めていただきたいのです。モモ様がご警戒なされば、それだけ危険も遠ざかりましょう。そして、有事の際には我々が必ずお守り致しますので、心穏やかにお過ごしになられませ」
桃子は大きく頷きながら、もし、という可能性を考える。もし、ユノスさんの考え通りだとしたら、わざわざこのお庭に向かわせた理由があるはずだ。それに、誰が命令したの? って疑問も出てくる。
一番最初に思いつくのは、やっぱりあの子の主であるアニタ様だ。でも、私でさえそう思うんだから、こんなわかりやすい手を使うかなぁ? それに、もしかしたら本当にあの子はただの迷子だった可能性も捨てきれない。実際、本当にその通りなら平和な解決で良かったよって終われるよねぇ! 桃子はそうであることを願った。
「モモ様、ユノスの持つ鉢はいかがなさいますか?」
「倒れた時に勢いがついていたのでしょう。このような状態ですが……」
ユノスさんが膝を折って、桃子によく見えるように割れた鉢を見せてくれる。土を被って汚れた小さな芽はすっかりその細い茎が折れてしまっていたり、中には緑の葉が取れているものもあった。これはもう無理だろう。ちゃんと最後まで育てたかったよぅ。桃子は悲しみながら両手で鉢を受け取る。
「せめて土の中に埋めてあげたいから、レリーナさんに場所の相談をしてみるよ。ユノスさん、ありがとう」
「いえ。大してお役に立てずに申し訳ございません」
「十分助けてもらったの」
頭を下げるユノスさんにそう言うと、桃子は可哀想な鉢をきゅっと抱きしめた。




