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235、モモ、悪戯に巻き込まれる~親子って意識しなくてもどこかしらが似てくるもの~後編

「リリィ様はバル様のお母様だと聞きました」


「私が人生で唯一求めた女だ。お前と同じように、美しい黒髪と深く澄んだ黒い瞳を持っていた。身体は弱かったが、優しく穏やかな気質で、あれほど傍にいて心地よい存在はなかった。身分違いを理由に周囲からは絶えず反対されたものよ。私は出された条件を受け入れることで、リリィと婚姻に至ったのだ。しかし今にして思えば、私はあれを幸せにしてやれていたのか、わからぬ」


 亡くなった人を偲ぶには深い言葉であり、静かな情のある声音だった。王様にとって、バル様のお母さんは本当に特別な存在だったのだろう。今でも心の中でひっそりと想いを向けるほど忘れられない相手なのだ。


 桃子はなんの言葉もかけることが出来なかった。かけられるだけの言葉を、まだ持っていないからだ。私もいつかこんな風にバル様を想うようになるのかな……? 亡くなってなお、心を向けてしまう。それほど強く、鮮烈な気持ちを自分も抱くようになるのだろうか。その時、私達はどんな関係になっているんだろう。待ち遠しさと、未知の気持ちに対する怖さがマーブル色を描く。鉢の中で芽吹いた花の種と同じで、桃子の気持ちもようやく芽が出たばかりだ。恋愛レベルはお尻に殻がついたままのひよこさんだね!

 

「それじゃあ、王様は幸せでしたか?」


「短くとも忘れがたき時間よ。……ふん、話し過ぎたか。その髪と瞳を大事にするがいい」


 慈しむように最後に髪をひと撫でされて、王様の手が離れる。その表情からは滲んでいた感情が消えて、冷徹な国王の姿に戻っていた。私と同じ色を持っていたというリリィ様に重ねていたから、話してくれたのかもしれないね。桃子はあんなに緊張してたのが嘘のように、王様のお話しを聞いた今はその青い目を見ても怖くなくなっていた。すんごく普通で当り前のことなんだけど、どんなに偉い王様も人間で、誰かに恋をしたり、お父さんとして息子を気にかけたりしてるんだなぁって、感じたからかも。桃子が自分の心の変化をそう考えていると、正面の扉がそっとノックされた。


「──執務中に失礼いたします、陛下。ナイル王妃様がお越しでございますが」


「やはり来たか。よい、通せ」


「はっ!」


 執務室の扉を守っている兵士さんが廊下側から扉を開いたようだ。満面の笑みで入室してきた王妃様は、桃子が王様のお膝のいるのを見つけた瞬間、朗らかに大笑いした。


「特等席だな、モモ! どうだ、子供の体温は癒されるだろう? 可愛い女の子を膝に乗せるなど羨ましい限りだぞ」


「お前がそうせよと申したのだろう。羨ましくば持って行くがよいわ」


「ひゃあっ! こ、こんにちは……?」


 王様に突然抱っこされて執務机越しに差し出された桃子は、なぜか挨拶していた。ちょっと驚いた弾みに咄嗟に出たのがそれだったのである。れ、礼儀正しいのはいいことだよね! 


「ラルンダの相手、ご苦労だったな。どんな話をしたんだ?」


「えっと、恋バナをしました!」


 王様の様子を伺うと、許可する様にゆっくりと瞬かれた。桃子は少し迷いながらも、言葉を優しく包んで伝えることを選ぶ。


「今は私とラルンダの目しかないからな。いつも通りでいいぞ。それで、こいばなとは?」


「恋のお話のことなの」


「なるほど、それを恋ばなというのか。私も混ざりたかったぞ。そうだ、モモ! 今夜は私の寝室で一緒に寝よう。女同士で恋ばなをしようではないか」


 王妃様がウキウキした様子で桃子を大きなお胸に抱き寄せる。ぽよんと頬を叩く弾力に顔が跳ね返る。ぎゅうぎゅうされると呼吸が苦しい。羨ましいほど大きなお胸に、うぐぅと埋もれそうになりながら、桃子はこくこくと頷く。うぐぐっ、王妃様、私のお返事見えてる? 力が、力が抜けない!


「ナイル、そのままではモモが死ぬぞ」


「あっ、すまん! つい加減を忘れるところだった。大丈夫か?」


「ふぁ……っ、けほっ、大丈夫、なの」


 王様の落ち着いた指摘で解放された桃子は思いっきり息を吸い過ぎて、咳を一つしてへろりと笑った。王妃様の意外な力強さにちょっとくったりしてます。でも原因はそれだけじゃないよね。だって今日はいろいろあったから。ルーガ騎士団で走ったり転んだり、お城に帰って来てからもまた走ったり驚いたり、そんでもって騒いだり緊張したりと、忙しかったもん。お子様の感情に振り回されて、全力で喜怒哀楽をしてるしねぇ。


 大きくなると我慢したり感情を押さえるってことを自然と覚えるけど、今はそのスイッチが緩いのだ。だから、時々我慢出来ずにお子様本能全開になってしまう。でも、それもまた楽しいから困ったもんだねぇ。


「小さな頭で難しいことを考えているのか? 男共の癖が移っているぞ」


 眉間をつんとつつかれて、桃子は両手で額を押さえた。皺が出来てた? バル様達ほど格好いい思案顔にはなれてないよねぇ。困り顔寄りの情けない下がり眉になっていたことだろう。思案顔が似合う人ってどきっとするよ! 横顔から滲む苦悩に、仄かな色気が見えると思うの。


「モモは素直だからころころと表情が変わって可愛いぞ。そのまま大きくなるといい」


 元は大きい方ですよ! と主張しようにも、王妃様に背中をぽんぽんされてたら一気に眠気が押し寄せてきた。うーっ、すんごく眠い。しぱしぱする目を誤魔化そうと首を振ったら、くすくすと柔らかな笑い声が降ってきた。


「いいぞ、そのまま寝てしまえ」


「まだだいじょぶ、です、の」


 むにゃむにゃと口を必死に動かすけれど、首がかくっと後ろに落ちそうになって、優しい手に支えられた気がした。もう、意識が半分眠りに持ってかれてるよぅ……。


「よしよし、お昼寝の時間だな」


 大きなお胸に抱かれて、桃子は囁きに逆らえず、すぅーと眠りに落ちていく。おやすみ記録、5秒達成! 寝ぼけた頭の片隅でピコーンとなにか音がした気がした。





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