228、カイ、その結束に感じ入る 後編
「毒が塗ってあるナイフを渡されたんだ。かすり傷一つでじわじわと死に至るものだから、混戦の時を狙って投げれば誰が投げたかわからないはずだと。その隙に見張り役の2人と普通に戻れば見つからないから、すべて上手くいくと唆されたんだ」
「こいつ等は最低限の情報しか与えられていないようですね。あぁ、それと、毒のついたその楯も証拠としてルーガ騎士団で回収させてもらいますよ」
「えぇ、どうぞ」
「同盟相手を狙った重罪人だ。この者達を連れていけ!」
《はっ!》
バルクライの指示を受けて、項垂れてすっかり逆らう気力もない様子の請負人達を、団員達が連れていく。これ以上この場所に留めたところで益はないだろう。
害獣は今や数匹が討ち取られており、新たにドウッと倒れる音が聞こえてくる。そんな中、バルクライがこれまでの証言から浮かび上がる人物像を割り出していく。
「用意周到ではあるが、効率的ではない方法だ。毒の種類が、即死ではなく苦しませることを優先させていることから、ルイスに対する恨みを感じる。そして、依頼主がルイスをルクティスと本名で名指ししたということは、依頼主の正体は少なくとも請負屋ではないと言えるだろう」
「オレ達の中ではこいつはルイスで定着してるからな。誰もルクティスなんて長い本名では呼ばないし、その名を知らない者も多い。そう言う意味じゃ、ルーガ騎士団も除外出来る。まず、ルイスを狙う理由がない」
「カイ補佐官には助けられた立場だ。オレもそれはないと思ってる。ま、一番可能性が高いのは例の事件で失脚したエイデス派の人間だろうな。エイデスの補佐であるヒューラ・ルフは神官の中でも貴族主義の筆頭に名前が上がる相手だ。オレが自分達の派閥のトップを失脚させたのに一枚噛んでることを耳に入れたか、次の大神官になるために邪魔になりそうな芽を摘むつもりで狙われたか」
「お前の立場なら狙われる理由には事欠かないよな」
「だが、おいちゃんの命を取ったところでこっちは簡単に潰れる派閥じゃないさ。しっかりした後継者がいるんでね」
ルイスは両手を腰に当てて、後衛部隊の後ろで待機する神官達に視線を向けた。その先にいるはずの年若い補佐を見ているのだろう。カイも元大神官にモモが攫われた時にタオに助けてもらったことは知っていたが、実際に言葉を交わせば純朴な中に芯の強さがあり、好感を持てる相手だと思っている。
自分は武に向いていないと残念そうにしていたが、そんなものは同じ派閥の神官からすれば些細なことだと言われるだろう。本人はあまり自覚がなさそうだが、自らの派閥のトップであるルイスから信頼を向けられていることには、その派閥内ではなによりも価値があることだからだ。
「若いが、いい青年だ」
「憧れの団長さんにそんなことを言われたら、タオの奴泣いて喜ぶな。──頼りになる後継者という意味じゃ、ドミニク、お前さんも同じ立場だろう? ディアンナになにかあった時はお前さんがマイカ派を引っ張ることになる。命の恩人を疑うのは嫌なんだがね、オレが狙われるとしたら、そっちの派閥も十分に犯人の可能性はある。ドミニク、なぜわざわざ請負人として討伐部隊に参加した? オレを助けられるこの場所にいる理由を答えちゃくれないか?」
「勘違いなさっているようですが、私個人に貴方を狙う理由はありませんよ。私はどこの派閥にも属さない、流れの傭兵ですから」
「お前さん、傭兵だったのか!?」
「こいつは驚いた! ルイスは半請負人だが、あんたは元は傭兵で神官になってたって? そのうえ、今は請負人としてここにいるわけだ。三つも役職を持つとは、器用なことをするな」
「……流れの傭兵とは初めて聞いたが、よくいるものなのか?」
「いいや。請負人の方が圧倒的に多い。ごく稀に仲介を通さずに直に依頼を受けることを生業にしている人間もいることは知っていたが、腕が確かで信頼されている奴にしか出来ない芸当だ。こいつはそれだけ腕があるってことだろう」
さらりと暴露された身分にルイスとギャルタスは驚き、バルクライは怪訝そうに疑問を口にする。カイも初めて目にする存在だ。男は涼しい顔でさらに予想外な事実を明かしてくれた。
「数年前より、ディアンナ様のお父上に神殿に務める娘を守るようにと依頼を受けました。あの方のすぐ傍で護衛をしてほしいとのことで、光魔法を使えることを条件に護衛を探しているとの噂が私の元にも届いたのです。大貴族となれば依頼料も良さそうでしょう? ですから、こちらから売り込みました。私の光魔法は擦り傷を治す程度の弱いものですが、使えたことが幸いして無事に神官として神殿に入り、ディアンナ様の護衛を務めることが出来たのです」
「信仰心もないオレが言うのもなんだが、お前さんもやるな。神官になりディアンナの護衛をしていたっていうのはいい。それがどうして、オレを助けることなったんだ?」
「ディアンナ様に頼みこまれまして一時的に護衛を外れております。お父上の依頼を反故するわけにはいかないと申し上げたのですが、どうしてもと乞われまして、建前上、私は休暇中ということになっています。その代わりに、あの方はご自分の婿となられる貴方をお守りするようにと私に依頼されたのです」
「はぁっ、婿ぉっ!?」
突拍子もない言葉にギャルタスが素っ頓狂な声を上げた。全員の視線がルイスに向けられる。注目の的となったルイスは引き攣った顔に冷汗を浮かべてドミニクを凝視していた。
「ちょっ、ちょっと待て! ディアンナがそう言ったのか!?」
「えぇ。私は確かにそう依頼を受けました。なにか問題でも?」
「どこもかしこも問題しかないわ!!」
思わず声を荒らげるほど動揺しているルイスに、周囲の方が冷静になっていく。つまり、本人はなにも知らないのに相手の女性が一方的に婿宣言しているということなのだろうか? 相手はどんな女性なんだ? カイとしてはそれが一番気になるところだ。
「オレは随分前に断ったはずだ! あんな若くて別嬪さんの相手が、オレみたいなおいちゃんに務まるわけないだろう。年も一回り以上違うんだぞ。貴族という立場にしても、相応しい相手が他にいるはずだ。お前さんも止めてくれ!」
「それが依頼ならば考えましょう。しかし私が思うに、あの方は我儘で頑固ですから、一度断られた程度では諦めませんよ。貴方にも事情があるのかもしれませんが、男ならば、相手を傷つけることも受け入れることも、誠実に行うべきではないですか? 本気で断りたいのなら、上辺の言葉ではなく本音でもってディアンナ様を拒絶することですね」
依頼を重視している様子のドミニクはどちらの味方もしないという口振りだ。2人の言葉の端々から伝わる女性像は、美人で若く我儘で頑固というなんとも魅力的なものだった。問題があるとするならば勝手に婿にされかけるということか。さすがに一回デートをしただけで婚姻を迫られるのは困る。ルイスはそれすらもしていないのかもしれない。親しい仲であるギャルタスは頬を掻きながら、友の肩をぽんっと叩いた。
「なんというか……頑張れ!」
「……困り顔で応援しないでくれ」
ルイスが哀れだ。うらぶれたおいちゃんにしか見えない。カイはヘドロ臭漂う戦場の一角で、悲壮に肩を落とす男に心から同情した。




