226、カイ、その結束に感じ入る 中編
バルクライは平然としているが、馬が走る音に混じって背後から団員達のざわついた悲鳴が聞こえてくる。気持ちはわかる。オレだって女性ならともかくあんな珍害獣には近づきたくもない。ざっと数えただけで、12、13匹はいそうだ。群れが2つ合わさっているのか、先頭の2匹は競うように土を盛り上げたり飛び跳ねたりしながらこちらに向かってくる。
カイは鼻での呼吸を避けて目で隣に指示を仰ぐ。崖の谷間を走り抜けたバルクライは続く団員達と十分な距離を取って、剣を上に上げて静止を指示すると近づく土埃を鋭く見つめたままカイに言う。
「カイ、お前は泥土竜の右側面から攻撃しろ。オレは左から行く。泥土竜は知能が低く、前進することしか能がない。両腹から突かれれば必ず混乱して群れは分散する。そこを部隊で叩く。分散すれば一気に討伐出来るだろう」
「了解、団長。臭いが染み付く前にさっさと倒しちまいましょう」
「強い害獣ではないが、油断はするな」
2人は馬の首を返すと腹を軽く蹴り、交差するように走らせて、お互いの位置を入れかえる。カイは馬で駆けながら上半身を前に傾けて剣先を斜め上に向けた。普段は補佐官としてバルクライとキルマージの傍に控えることが多いが、剣の鍛錬は欠かさず行っている。バルクライに遅れを取ることはない。
内側に半円を描くように馬で駆けると、自分達の横を通り過ぎようとしていく泥土竜型の横っ腹をすれ違い様に切りつける。ギュウウウウッ! ギュオオオオオッ! と獣らしい悲鳴を上げながら2匹が土から飛び出してきた。目が退化しているため、胴体の半分もある長い爪をやたらめったらに振り回し地面を抉る。バルクライの想定通りだ。仲間の悲鳴に急停止した泥土竜は混乱して、散り散りになっていく。
その瞬間バルクライは突き上げた剣を、待機している討伐部隊に向かって振り下ろす。
「後衛部隊、放て──っ!」
低く良く通る声は泥土土竜を越えて、カイの元まで届いた。横一列に広がった後衛部隊が構えた弓矢を空に向けて放つ。ヒュッヒュッと空気を切る音が鳴り、無数の矢が上空に飛び、やがて下に向きを変えて雨となって害獣に降り注ぐ。ギュオオオオッ!! 重力も加わり、矢は皮を突き破る苦痛に、中心部にいる泥土竜型達が悲鳴のような鳴き声を上げて頭を振る。そこで、バルクライが次の手を打つ。
「前衛部隊、討伐開始!!」
《討伐開始ぃ! 討伐開始ぃ!》
《害獣をぶっ倒せ!》
《おぉ──っ!!》
バルクライが再び上に付き上げた剣を下して指示すると、後衛部隊の後方で待機していた前衛部隊が馬で駆け出して、泥土竜に飛びかかっていく。団員と請負人の混同部隊はそれぞれの隊長の指示に従い、剣を振るう。数で攻め立てていけば、害獣が暴れ回って抵抗する。その場は混戦状態になり土埃が辺りにもうもうと立ち込めていく。
カイは混戦の場からあえて距離を取りながら戦いの様子を注意深く観察する。助けが必要な場所があればすぐに動く為だ。時折こちらに跳ね上がり、巨大な爪を向けてくる泥土竜を切りつけてあしらっていると、視界の先に一際目立つ白い衣装を見つける。
神官服で参戦中のルイスだ。近くにはギャルタスの姿もある。二人の剣を振るう姿には迷いはなく、それなりの実戦経験があることが見て取れた。思わず口角を上げたカイは、その背後に不審な動きを感じて目をきつく絞った。請負屋らしき男達が3人、ルイスの元に距離を詰めているように思う。ルイスの背後に忍び寄る男の外套が激闘のあおりを受けて翻る。隙間から、その手元が見えた瞬間、カイは土埃の中に馬を走らせた。間違いないっ、あれはナイフだ!
「刺客だ、ルイスさん!!」
「なっ!?」
「ルイス!!」
カイが警告した瞬間、男がナイフを投擲した。ルイスが驚いた表情で振り返る。友の危機に気付いたギャルタスも動こうとするが、ルイスの胸元に凶器が飛んでいく速度の方が速い。突き刺さる──寸前に、大きな影が飛び込んできて、カァンッと金属音が鳴る。ルイスの命を奪おうとしたナイフを楯で防いだのは団員に見劣りのない体格のいい男だった。請負人らしく動きやすい軽装を身に着けた彼は、落ち着いた面差しで振り返る。
「ご無事ですか、ルクティス様」
「ドミニクか!? なんだってお前さんがここに……」
自分を助けた男に唖然とした顔を向けるルイスに、顔見知りであることを察し、カイは逃走しようとしている男を捕まえることにした。前を馬で塞いで剣先を突き付けてやる。
「武器を捨てな。じっくり話を聞きたいんでね、一緒に来てもらおうか」
「くそがっ」
喉元に迫る鋭い剣先に観念したように、男は腰の剣を地面に投げ捨てた。主犯とは別に不穏な動きをしていた男達は、逃げだそうとした所を異変を察知したバルクライに行く手を塞がれたようだ。背後から駆けつけた団員とギャルタスに捕えられている様子が遠目に見て取れた。




