225、カイ、その結束に感じ入る 前編
カイ視点にて。
カイは馬上でバルクライの隣を進みながら、移動を続ける部隊の列を後ろから眺めて満足そうに頷いていた。三つの組織である、ルーガ騎士団、神殿、請負屋に所属する人々は、それまでお互いを警戒し合う間柄であったことを忘れたように、始めの頃とは見違えるようほど結束を深めていた。
同じ飯を食い、協力して害獣を討伐し、お互いを剣と魔法で守り合う。そうすることでお互いの力量に理解を深め、相手を認めるようになったのだろう。半月を過ぎた今では、もめ事が起きてもそれぞれの部隊で対処することが出来るようになってきた。
「よかったですね、団長。あの豪雨のせいで予定よりだいぶ遅れを取りましたけど、このペースならその分を取り戻せそうですよ」
「……あぁ。請負人と神官の力も大きいだろう。軽傷者は十数人出ているが、重傷者は1名に留まっている。それも魔法で回復して、昨日には復帰したと聞いたが」
「腕を食いちぎられる寸前だったので、本人の精神状態によっては本部に送り返すことを団長に進言するべきかと考えていたんですけどね。隊長の「男を上げたな」って一言と仲間からの声が効いたみたいです。そいつ、隊の中で英雄扱いされてますよ。女性神官を庇っての負傷ですから、ルーガ騎士団の団員として誇っていいとオレも思います」
「だが、その団員に少しでも前線での戦闘に躊躇いが見えたら、後衛からの援護に回せ。本人が今気づかずとも精神的なダメージは後で出ることもある」
「わかりました。話しは通しておきます。いくら神官がいるとは言え、彼等ばかりに頼っていられませんからね。無駄な傷は負わないに限ります」
怪我を負った団員が所属する部隊を率いるのは、男顔負けの女性隊長だ。女性にしては大柄で髪を短髪にしているので背中だけを見ると男にも見える人だ。豪快な性格と男女分け隔てなく気軽に話せる雰囲気の持ち主で、面倒見もいい。その姉御肌な人柄から部下からも慕われていた。彼女の部隊には女性団員も5分の1ほどおり、カイが任務中の目の保養にしている女性達は、険しい崖に咲く花のように凛と気高い雰囲気があった。
「今の時間帯だと、モモはルーガ騎士団で仕事中かな? キルマの奴、きっとモモのことをここぞとばかりに独占して猫可愛がりしてますよ」
モモの小さな姿と無防備で全開の笑顔を思い出すと、つられるように笑みが浮かんでくる。嘘のつけない性格は元からのものだろうが、中身が十六歳とは思えないほど素直な性根は思い出すだけで、今もカイの心を和らげてくれた。
彼女の魅力は、ほとんどの者が幼い頃に失ってしまうキラキラと輝く形のないなにかを今でも持ち続けていることなのかもしれない。それがあるから、バルクライはモモの外見に惑わされることなく惹かれているのだろうか。隣で馬を進める上司の横顔は静かな無表情だが、カイの言葉に反応するように視線を向けられた。
「あの笑顔を思い出すと早く帰りたくなりますよね」
「そうだな。──カイ!」
淡々と短い返答を返していたバルクライの顔が瞬時に険しいものに変化した。カイも一拍遅れて気付く。草木の少ない両側を崖に囲まれた道の先から小さな土埃が見える。害獣の群れが向かって来ているのだ。現在差しかかっている道は幅が馬車二台がようやくすれ違える程度しかないため、ここでの戦闘は無理だ。襲撃に合えばこちらの分が悪い。カイとバルクライは同時に馬の腹を蹴ると隊列を両側から挟むように駆け出す。
「害獣の群れ、前方から接近! 先にこの道を抜けるんだ! 同時に討伐準備用意!」
「了解! 行け行け、走れ! この狭い崖の先へ! 広い場所に出たら前線部隊は前に! 後方部隊は待機! 害獣の群れ発見! 数が多いぞ、警戒しろ!」
バルクライが馬上で剣を抜いて隊の先頭に躍り出た。カイも剣を抜くと襲撃に備える。土埃の中で人間の子供くらいの大きさの影が潜ったり飛び出したりしている様子が見えた。うっすらと漂ってくるヘドロのような臭い。その正体を察してカイは絶望顔で情けなく叫ぶ。
「うわぁ、絶対に遭遇したくない珍害獣ナンバー1……よりによって泥土竜型かよ!」
「ただの土竜型なら、採取可能な部分が少なからずあっただろうが、泥土竜型では爪以外は使い物にならんな。倒しても後始末が面倒な相手だ」
「あんな奴の皮を剥ぐなんてとんでもない。戦うのも嫌ですけど、一番やっかいなのは攻撃にも後始末にも火を使えないことですね」
泥土竜は害獣の一種で攻撃力はそう高くない。土を潜って移動し、飛びあがって獲物に爪で攻撃し捕食する。大きさは子供程度で、ずんぐりした体形のわりには俊敏だ。5、6匹の群れで行動する習性があるが、これだけならそれほどやっかいな相手ではない。嫌われる要因はその臭気だ。泥くさい穴倉に住む奴等は、天敵を寄せ付けない為にヘドロのような独特の臭いを身に着けているのだ。そしてその臭いは燃やした時は何倍にも増強される。その時立ち込める臭いは、草木も枯らすと言われるほど強烈なものとなるのだ。




