220、モモ、歌う~親しい人の元気は自然と周囲にうつります~後編
「あん? オレのこと言ってんのか?」
「えぇ。もしそれが基準だとしたら、あなたが賭けの女神に選ばれかけた理由とはなんでしょう? ディーカル、あなたは自分で見当が付きますか?」
「さぁな。オレは勝手に夢に出てきた女に賭けに誘われて、それを断っただけだからな」
キルマの綺麗な目がこっちに向けられる。なんか合図されてる? 落とされた視線を追いかけたら、桃子の手の甲に飛んでる蝶に辿り着いた。あっ、今ここで賭けの女神様について聞けばいいんだね! 桃子はディーが話題を引き上げてしまう前に飛びつくように声を出す。
「ディーは加護者になりたくなかったの?」
「なりたくなかったつーか、あん時はすげぇ眠かったんだよ。だから眠気を優先したってだけだ。……チビスケ、お前オレになにか隠しながら話してねぇか? なんでそんなことを聞く?」
「えっ!?」
鋭すぎるよっ!? 桃子の一言で、ディーが訝るように目を細める。賭けの女神様、ごめんなさい! 思いっきり怪しまれてます! 目がふよふよ泳ぐのを止められない。誤魔化さなきゃって焦るあまりに、手の平に汗がじんわり浮かぶのを感じた。やましいことはこれっぽっちもないけど、悪いことをしてる気がして落ち着かない。もごもごと口ごもって言葉を探しているとディーの視線を和らぐ。
「これくらいで動揺してるようじゃ、チビスケに隠しごとは無理だな。安心しろ、なにも本気でお前に悪意があるとは思ってねぇよ。なんか面倒臭い事情があるんだろ? 正直に言うなら、場合によっちゃ答えてやるぜ」
「私嘘はつかないよ! でも、ごめん。言えないこともあるの。それでも聞いていい?」
「いいぜ。言ってみな」
「……うん。私ね、この間賭けの女神様に会ったんだ。それでね、女神様がディーのことを親しげにランディルって呼んでたから、きっとディーに好意を持ってて加護者に誘いたいんじゃないかなぁって思ったの。だけど、バル様がディーは加護者にはならないだろうって言ってたから、どうしてかなって」
「あんの女神は……」
ディーは額を押さえて低く唸る。えっ、あだ名がダメだった? 桃子は意外な反応に戸惑いながら、ディーの顔色を伺うようにそわりと言葉を重ねる。
「ランディルって、女神様がディーにつけたあだ名じゃなかったの?」
「まぁ……似たようなもんだが、オレにとってはあんまりいい意味じゃねぇんだわ。だからそれで呼ぶなよ? 胸糞悪いことを思い出す」
本気で嫌そうな顔をしてるよぅ。そんなに呼ばれたくないんだね。桃子は悪いことをしちゃったなぁと申し訳なく思いながら、こくこくと頷く。そのあだ名で嫌な目に遭ったのかな? あだ名の由来的なものが変な意味を持ってるとか? でも、賭けの女神様はディーに加護者になってほしいって思ってるんだから、絶対に嫌がることはしないと……。
「それこそ女神の嫌がらせだろ。あの女神、ガキの時のことを未だに根に持ってやがるな。オレに呪いをかけときながら今になって加護者に誘うわけがねぇさ」
「も、もしかしたらとっても長めの照れ隠しかもしれないよ!」
悪い方に取っちゃってるディーにそう言ってみるけど、途中でわかっちゃった。本当のことなんだけどこれって無理があるよぅ。賭けの女神様が今もディーを呪っちゃってるのはどうしても謝れなくてそのまま放置しちゃってる結果だもんね! ディーが不自然に穏やかな笑みを浮かべる。
「十数年も続く照れ隠しはねぇよ。絶対に、ねぇわ」
ディーの反応に、団員のお兄さん達がこそこそと額を寄せる。
「隊長、二度押ししたぞ」
「したくもなるだろ。オレ達だってそりゃねぇって思うぜ?」
「女神ってのはみんなそうなのかね? 断られたくらいで子供に呪いをかけるなんて酷いことするよなぁ」
この流れで話が進んじゃうと賭けの女神様がまたやけ酒に走ちゃう! 桃子は元の話に方向を戻そうと頑張る。
「ごめんね、そのことは一回忘れて! えっと、そう、ディーも知ってると思うけど、私は加護者になってから、軍神様に何度も助けてもらってる。軍神様とお話しする機会もあって、厳しいけど格好いい神様だなぁって、こんな素敵な神様に加護者に選んでもらったんだから、もっと頑張んなきゃって思ってるの。うーんと、つまり、今までその立場を悪く考えたことがなかったってこと。だけど、ディーは違う考え方をしたんだよね? だからね、ディーがどうして断ることを選ぶのか、その理由が知りたいの」
「簡単なことだぜ。オレは自分の力で生き抜くと決めているからだ。このルーガ騎士団って場所で自由にな。気にいらねぇ奴には、命令されるのも影響を受けるのもまっぴらごめんだ。神の力に頼るなんてのも冗談じゃねぇわ。神の加護ってのは人を生かしやすくするかもしれないが、そこで生き残ったところでそれはオレの実力じゃない。オレはオレ自身を賭けて生きることと死ぬまで勝負がしたいのさ」
「……そっかぁ。うん、わかったよ。ディーも格好いいね!」
「ありがとよ。もうちっと育ったらまた言ってくれ」
頭をくしゃくしゃに撫でられて、桃子は目を閉じる。ディーの目に宿る生命力に圧倒されてた。魅せられるって言葉はこういう時に使うんだね! この人の邪魔はしたくないなって思わされちゃうところがすごい。ディーは加護者であることを悪く考えているんじゃなくて、自分の生き方とは交わらないから断ることを選ぶんだねぇ。とってもディーらしい理由。
これは反対も説得も出来ないなぁ。賭けの女神様にはごめんなさいって言おう。桃子はそう決めて笑った。こうもはっきり言われると気持ちがいいよねぇ。団員のお兄さん達が尊敬の目で自分達の隊長を見つめている。これは尊敬しちゃうのもわかる。
「ディーカル隊長ぉぉっ! オレ、感動しました!」
「オレもっす! 4番隊隊長は貴方以外に考えられません!」
「書類仕事だろうがドラゴン討伐だろうが、なんだって任せてくださいよ!」
「頼もしい部下に恵まれているようでよかったですね」
「みたいだな。──そんじゃ、さくっとやっちまうか。気合い入れてかかれよ、お前等」
「キルマ、私もディー達のお手伝いしてもいい?」
「そうしてくれると助かります。4番隊は書類仕事が他の部隊より苦手ですから。モモはここで書類仕事の手伝いをして、終わったら私のところに持ってきてください。いいですか?」
「うん。持っていくね!」
「頼みましたよ。私も仕事に戻らねばなりませんが、少しだけ抱っこさせてください。……はぁ、今日も小さくてぷにぷにですねぇ。モモは私の癒しです……」
ディー達のぎょっとした視線もなんのその、今日も副団長さんはお疲れのようです! 桃子をぎゅっと抱きしめて、ぽそりと呟きが落とされる。私で役に立つならいくらでも抱っこどうぞって言ってあげたい。今日も一緒に頑張ろうね!




