219、モモ、歌う~親しい人の元気は自然と周囲にうつります~中編その二
「アーモンドの香ばしさと味付けが合ってていいね。ディーもこれ好き?」
「おう。酒のつまみによく食うぜ」
「ほほぅ……ということは、これを置いていった人はそのことを知っていたのかも。ディーの好みに合わせてお見舞いの品を選んでくれたのかな? だとしたら、良い人だねぇ」
桃子が探偵の真似をして推理してみると、団員のお兄さん達が揃って首を傾げた。
「そうかねぇ? 見舞いの品にしては普通とズレてる気がするけど」
「あー、それオレも思ったわ。いくら隊長の好みと言っても、こんなもん渡せば絶対に飲みたがるってオレ達でもわかるよな」
「じゃあ、やっぱ嫌がらせの方か? ほら、隊長に酒を思い出させてイラつかせるためとか」
「ちゃっちぃ嫌がらせだな、おい。いくらオレでもこのくらいでイラつきゃしねぇよ。そりゃ、飲みたくはなるけどよ。ここに酒を持ち込もうものなら、ババァに無事な骨まで折られるぜ」
「確かに! ターニャ先生おっかねぇっすからね」
ディーは空になった袋をくしゃりと丸めてベッドの下に置かれていたゴミ箱に放り投げた。ゴール! ディーカル選手、見事なウェーブを描いたゴールを決めました! 桃子は心の中で実況者になってみる。ディーは背も高いし運動神経よさそうだからバスケット選手も似合いそうだねぇ。ユニフォームを着てる姿を想像しても全然違和感がない。耳にジャラジャラついてるピアスで、パンク系バスケット選手という新たなジャンルが生まれそう。きっと女の人にきゃーきゃー言われるんだよ!
五歳児のままファンの人に混じって応援しているところまで想像していたら、コンコンとノック音が割って入ってきた。はっ、と現実に戻ってくると新たな訪問者が顔を出す。
「ディーカル、体調はどうですか?」
「よぅ、副団長。酒が飲みてぇのと、退屈で死にそうなのを抜かせばすこぶる元気だぜ」
「それは良かった。──おや、モモもこちらに居たのですね。お見舞いですか?」
美しい美貌に微笑みを浮かべたのは、キルマである。手に書類らしきものを持ってるけども、お仕事中にディーのお見舞いに来たの? 桃子は大きく頷くとキルマを見上げる。
「そうなの。キルマもお見舞い?」
「えぇ。それと、暇を持て余しているだろうと思いまして、4番隊に振り分けられた仕事を持ってきました。手は動くのですから少しは働きなさい。ターニャの許可は取りましたから、団員の貴方方も一緒にお願いしますね」
「うへぇっ、そりゃないっすよ、副団長ー」
「ターニャ先生より厳しい人がいたぞ!」
「オレ達、頭を使うことはちょっと……」
あからさまに及び腰になってそろそろとお尻から後退を始める団員のお兄さん達に、ディーは額に青筋を浮かべて一喝する。
「お前等なぁ、じわじわ逃げようとするな! ……うっ!」
「隊長!?」
「大丈夫っすか!?」
「怒るとあばらに悪いですよ!」
「くっ、まだ完治はしねぇな……」
ディーが胸部を押さえる。声に力が入った分、あばらに負担がかかったようだ。片目を眇めて痛みを堪えてるディーの背中を、桃子は慌ててさすった。
「い、痛い? すんごく痛い? お薬どっかにある?」
「……ふぅ、いや、大丈夫だ。力入れなきゃ痛くねぇよ。悪いな、チビスケ。びっくりさせたな。──お前等、絶対に逃がさねぇぜぇ。隊長としての命令だ。書類やんぞ、オラァ」
ため息をつくように呼吸して、ディーはちょっぴり前屈みになっていた姿勢をゆっくりと戻す。そして、ギラッと目を光らせて団員さん達を睨むとびしっと命じる。
「うぃーす」
「しゃぁないっすね」
「うへぇい」
やる気のない返事をして、団員のお兄さん達はしぶしぶキルマから書類を受け取る。そして、書面を見てそれぞれ頭を抱える。そんなに難しいものなのかなぁ? 小さな声でブツブツ言い始めた団員さん達を満足そうに見て、キルマがディーにも書類を渡す。
「面倒な計算が多いですが、不備なくお願いしますね」
「了解、副団長」
しかめっ面で書類を見下ろすディーを見て、桃子は顔を明るくする。計算なら力になれるかもしれないね!
「ディーのお邪魔じゃなければ私も手伝いたい」
「これをか? いや、チビスケには難しいと思うぞ? オレ達だって手こずる書類だぜ」
「あのね、じゃあ1回だけお試しで計算しなきゃいけない数字を言ってみてくれる?」
「なんだかよくわからんが、数字を言えばいいんだな。56467から53589を引く」
「2878なの!」
「答えるの早いなっ!?」
「どうなんすか隊長、合ってます?」
「……合ってる。お前、実は天才幼児かっ?」
「えぇっと、ち、小さい時から計算の練習してたから暗算は得意なの!」
「いや、チビスケは今も小さいだろ!?」
「こ、これが加護者に選ばれる子供の実力……」
「五歳の子供に負けるオレ達……」
「ヤバイな。大人としてヤバイな……」
本当のことを誤魔化しながらした下手っぴな説明がいけなかったのか、団員のお兄さんが落ち込むように俯いていく。しょんぼりさせちゃった、どうしよう!? 桃子があたふたと困っていると、キルマがあっさりと纏めてくれる。
「なにを落ち込む必要があるのです。私でもこれほど早くは計算出来ませんよ。加護者に選ばれるには、モモのように普通より優れた部分が必要なのかもしれませんね。そう言えば、ここにも一人居ましたねぇ、加護者に選ばれかけた人が」




