217、モモ、歌う~親しい人の元気は自然と周囲にうつります~前編
お茶会から数日後、桃子は手に小さなお菓子の包みを持ってルーガ騎士団の廊下をてくてくと歩いていた。昨日の夕方に、バル様のお屋敷から大量のお菓子が届いたのである。料理長がお菓子の試作品を作っていて、桃子にも美味しいと思うものを教えてほしいという話だった。どれもこれも美味しくて一番を決めるのにすんごく悩んじゃったんだよねぇ。結局桃子が選んだのはキャラメルがかけられたワッフルだった。お店で売ってるのみたいに綺麗な編み目をしてて、とっても美味しかったよ!
そのままの丸ごと感想を伝えたら、お菓子を運んできてくれた使用人のお兄さんが、電球が灯ったような輝く笑顔で帰って行ったけど、どういう意味があったんだろうね?
「ディーの骨、ディーの骨、お菓子でくっつけ、くっつけー、なの!」
即興の歌を小さく口ずさみながら、桃子は楽しく進んでいく。後ろから追いかけてくるクスクス笑いに、へにゃっと笑いながら振り返るとレリーナさんとジャックさんがおかしそうに口元を緩めていた。
「とてもお上手ですよ。モモ様がお作りになられたのですか?」
「うん! 作詞作曲わたしなの。題名は【ディーの骨応援歌!】にしようかなぁ」
「ぶほっ、い、いい題名だと思うぜ」
「ありがとー」
ジャックさんが噴き出しながら、褒めてくれる。五歳児の本能のままにゆるゆると歌いながら、再び歩き出す。十六歳の桃子だったら恥ずかしさが顔を出しちゃうけど、今は五歳児だから、楽しくてついつい気の向くまま行動してしまう。
今日はルーガ騎士団のお仕事前にディーのお見舞いに向かっているのだ。ちょくちょく行ってはいるんだけどね、賭けの女神様からの頼みごとについてどう伝えようかは考え中なの。歩く桃子の後ろからは護衛のレリーナさんとジャックさんが付いてくる。レリーナさんの腕の中にはバルチョ様がいて、つぶらな瞳が桃子を見守ってくれていた。目が合うとほのぼのした気分になる。
今日からレリーナさんも桃子の護衛に復帰してくれたし、嬉しくて心がふわふわする。ジャックさんもうれしいのか、ちょっぴり挙動不審になってるよ!
横目でちらっちらっとレリーナさんを気にしてる様子は、大人の男の人なのになんだか可愛く見えた。それにね、前に話題に出た春祭りのことも聞いてみたら、レリーナさんはすんごく喜んでくれたの。私に誘われたことが嬉しかったんだって。想い人の参加が決まったから、ジャックさんがガッツポーズしてた。まだ本人を前にすると緊張しちゃうみたいだけど、みんなでわいわいしてたらさりげなくお話しも出来るんじゃないかなぁ? 距離が近づくといいね! 桃子も今から春祭りを楽しみにしていて、バル様達が無事に帰ってくるように毎日お祈り中である。
医務室の前まできた桃子は、閉ざされた扉をノックしようとして、その前に通せんぼするように茶色の紙袋が立ちはだかっていることに気付く。
「うん? 落し物?」
「お待ちをモモ様、私共が先に確認いたします」
「レリーナさん、オレが見ますよ」
桃子が袋に手を伸ばすと、レリーナさんに止められた。そんなレリーナさんの前に熊、じゃなくて、ジャックさんが出て茶色い袋をさっと取り上げる。中に何が入ってるのかなぁ? いいもの入ってますか? 桃子はちょっぴりそわそわしながら確認中のジャックさんを見上げる。
「あー、菓子っすね。医務室に居る人に宛てたものじゃないですか?」
「ディーのファンかな? ジャックさん、贈った人の名前は書いてある?」
「いや、外にも中にもそれらしいものはなさそうだな」
「書き忘れたのでしょうか? なぜ直接渡さなかったのでしょう?」
レリーナさんが不可解そうな顔をする。送り主は照れ屋のうっかりさんだったのかもねぇ。どうせだから、一緒に届けてあげよう。桃子は扉をトントンとノックして、ジャックさんと一緒に扉をよいしょよいしょと開く。ほとんど手を添えてるだけだからね、実は開けてる振りです!
「ディー、お見舞いに来たよー」
「がぁっ、くっそ! またオレの負けかよ!」
桃子が声をかけたのと同じタイミングで、ディーの嘆きの声が上がった。大声に驚いてビタッと動きの止まった桃子に、ベッドの周りを囲んでいたお兄さん達が笑顔で振り返る。
「加護者のおちびちゃんじゃないか」
「隊長の見舞いによく来てくれるんだ。隊長、そんな伏せたら。痛めたあばらが悪化しますぜ」
「うるせー」
ベッドの上に広げられているものを見て桃子のテンションは一気に駆け上っていく。あれってもしかして!! ダッシュで駆け寄って三人の手にあるものを見つめる。
「トランプ!」
「なんだ? チビスケもやりたいのか?」
「やりたい! のも、そうなんだけど、ディー、トランプってどこで売ってるの? 私にも買えるお値段?」
「あん? これが欲しいのか?」
ディーはベッドの上に散らかされたトランプを纏めて、持ちあげて見せる。なにかの紋様らしきものがついた高そうなものだ。桃子はこくこくと頷いて答えた。熱烈に求めてるの! 元の世界でもあったものだから、欲しいよぅ。それでバル様達と一緒に遊べるもん。
「ほれ、お前にやるよ」
「ふおっ!?」
差し出されたものを思わず受け取り、桃子は目を丸くして思わず声を上げる。そんなおしげもなく与えちゃうの!? 団員のお兄さん達が驚いた顔をディーに向けた。




