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216、ロン、主の留守を守る

ロン視点にて。


 バルクライ様とモモ様が屋敷を留守にされてしばらく経ちますが、いかがお過ごしでしょうか? いつも聞こえていた幼いモモ様のお声が消えた屋敷は寂しいもので、使用人達の活気にも影響が出ているようです。


 私、ロン・アズフェマはバルクライ様のご指示通りに、つつがなくご計画を実行中にございます。また、予てよりバルクライ様が懸念されていた通り、主の不在を狙い、貴族の皆様がモモ様に過剰な品を送ってこられている件も全て丁重にお持ち帰りいただくようお願い申し上げております。時には粘られる方もいらっしゃいますが、 そういう方には私直々に話し合いをすることで解決してございますので、ご心配には及びません。しかし、それとは別に、当屋敷では現在、非常に困った出来事が起きているのです……。


「今日も、ですか?」


「今日もですって」



 屋敷に漂い始めた甘い香りにロンは困惑して、壮年の庭師の男と顔を見合わせていた。



「ロンさんんん、もう無理ですよ。オレ達もう匂いを嗅ぐだけで……うっぷっ」


「なんとか料理長を止めてください!」


「女性であるわたくし達も、胸焼けが少々してございます」


 若い使用人達が口々に訴えているのは、料理長が原因であった。モモ様が屋敷を離れて少しした頃から、彼が甘い菓子を作るようになったのだ。料理長のグレイムは二十七歳と年若いながらも生真面目な青年である。料理人として各国を旅して腕を磨いていたらしいが、その途中で害獣に襲われた所を当時は団員であられたバルクライ様に助けられたと聞いた。それを恩に思い、ぜひお仕えしたいと申し出たそうだ。


 しかし、普段の彼はそれが信じられないほどの人見知り振りで、何年も同じ屋敷で働く使用人はおろか、主であるバルクライ様を前にしても、緊張のあまりに口ごもってしまうような人物であった。


 だがそれも、モモ様の出現で最近は改善が見られていた。使用人同士にモモ様という共通の話題が生まれたからだろう。グレイムも、いつも輝いた目で料理を見ては、おいしいおいしいと笑顔で自分が作った料理を食べてくれる幼子に裏でひっそりと喜んでいたようだった。



 人見知りをこじらせていてもグレイムは料理人である。料理については人一倍自分に厳しく真面目に追求していく人間だ。それ故に、あるきっかけで菓子作りに火がついてしまったのだ。



 ロンは顎を指でさすりながらため息をつく。彼が菓子作りを始めた日まで逆算するとその理由には予想がついた。



「やはり原因はあのことでしょうか?」


「それ以外に考えつきませんって。モモ様からお裾分けを頂いた翌日から菓子攻撃が始まったわけですし」


 菓子攻撃とは斬新な攻撃もあったものだ。ロンは今も黙々と甘い菓子を量産しているであろう青年の薄い後ろ姿を脳裏に浮かべた。庭師の言うように、グレイムが菓子を作り出したのは、モモ様から我々使用人の元にお心遣いが届いてからであった。



 おそらく、その菓子があまりにも美味であったのが原因だろう。ロンも口にしたが、高級店の菓子だけあり大変上品な味であった。それはプロの菓子職人が作ったものなのだから当然のことだ。しかし、菓子であろうと料理は料理。明らかに自分が作るものよりレベルが上なものに対し、若き料理長は、お二人にお出しするにはもっと腕を磨かねば! 奮起したわけである。その向上心に感心したロンは、グレイムに練習用の費用の相談を受けた際に快く応じたのであった。



 必要経費内に収められていたことと、最近は屋敷に人の出入りが多く、茶菓子を振る舞う機会が増えていたので、ちょうど良いと考えたのだ。練習用として作られたものでも、グレイムの料理人としての腕は確かである。本人が納得していないだけで、周囲からすると、その出来は十分なものだったのだ。しかし、毎日毎日甘い菓子が量産されているとなれば、最初は歓迎していた使用人達の顔色も悪くなろうというものだ。



 今はモモ様のお世話をするために城に付いて行った侍女もいるため、屋敷にいる使用人は男の方が多い。バルクライ様と同じく、自分から好んで食べる者はそれほどいないのだ。


「困りましたね、グレイムも悪気があるわけではありませんし、かといって、このままというわけにもいきません。さて、どうしたものか……」



 ロンは思案するようにゆっくりと食堂内を歩く。侍女、御者、庭師、馬屋番、使用人達もいい案がないものかとそれぞれの考えをすり合わせる。



「以前より格段においしくなったしもう十分じゃないかと、さりげなく伝えてみてはいかがでしょう?」


「そいつはオレがもう言いましたよ。モモ様も菓子ばかり食べてるわけじゃないんですから他の練習もしてみたらどうです? って」


「それでどうなったのですか?」


「中途半端なものはお出し出来ないと言われましたよ。そんなこと言われたら止められないですって。けど、さすがにこの状態はきつい。それに作業に支障が出ても困るでしょ」


「だよな。けど、グレイムさんは真面目だからなぁ」


「あの、よろしいでしょうか?」



 顔を合わせて話し合う使用人の中で、それまで黙っていた侍女の1人が、おずおずと手を上げていた。



「遠慮せずにどうぞ?」



「はい。モモ様から頂いたお裾分けのお礼に、料理長がお作りしたお菓子をお送りしては? モモ様には事情を説明し、料理長に何かお言葉を頂戴できれば彼も満足してお菓子作りをお止めになるのではありませんか?」



《それだ!》



 使用人達の声が揃う。皆に見られて発言してくれた侍女がのけぞる。ロンは大きく頷くと、顎から指を離した。


「大変いい案だと思います。お仕えする方にこのようなお願いをするのは申し訳ありませんが、モモ様ならば、きっとご協力下さるはずです。料理長には私からお話ししましょう。皆さんは今まで通りに普通に接するようにしてくださいね」



 なにより、いずれお帰りになられるお二人のためにも、この屋敷の平穏は保たねば。ロンは固い決意を笑みに隠し、集まっている使用人達にそう指示を出した。




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