213、モモ、緊張が飛ぶ~自分のお部屋って心と身体が自由になる空間だよね~中編
「ジュノ様、これから時間ある? もしよければ、一緒にお茶会のやり直しをしたいの」
「今度は楽しいお茶会を、か。楽しいことは大歓迎だ。喜んで受けようじゃないか。だが先にそのドレスを着替えておいで。オレはその間、隣室で待たせてもらおうか」
「ううんっ。私なら洗面所で十分だよ。一瞬だから待っててね! ──レリーナさん、ドレスを脱ぐのを手伝ってくれる?」
「えぇ、こちらでいたしましょうね。ジャックは使用人に声をかけて、第一王子様におもてなしのご用意をするように伝えてください。ジュノラス様、モモ様と一緒に軽食もいかがでしょう?」
「頼もう。いやぁ、最近よく腹が減るんだ。ここのとこ毎朝母上に鍛錬をサボるなと扱かれているせいかもしれん」
「それじゃあ、いっぱい食べなきゃ! お腹が空くと元気出ないもん。ご飯はすんごく大事だよねぇ」
「うふふっ、そうですね。お食事は大事でございますね、モモ様」
ジュノ様がおどけた顔でお腹を押さえるので、桃子は両手をグーにして神妙な面持ちで頷いた。そんな桃子を見て、レリーナさんが声を押さえて小さく笑う。美人さんの可愛い笑顔を目撃したジャックさんは、顔を赤くして固まっている。
「ジャックさんジャックさん、他のメイドさん達を呼んできて?」
「……はっ、あぁ、そうだった。行ってきます!」
桃子がこそこそと呼びかけると、ジャックさんは我に返って慌てて部屋を飛び出していく。美人なレリーナさんの魅惑の微笑みに心を射抜かれちゃったんだねぇ、きっと。桃子はレリーナさんと一緒に洗面所に入ると、うんしょうんしょとドレスを脱いでいく。
ドレスって一人じゃ上手に着られないんだよねぇ。この世界の女の人ってとっても大変なの。ドレスが脱げてパンツ姿になった桃子は、次にレリーナさんが持って来てくれた水色で首周りの大きなひらっひらのワンピースを頭から被る。手助けしてもらって、すぽんっと頭の部分が入ると、腰で薄緑の紐がきゅっと絞られて大きなリボンを結ばれた。
レリーナさんはリボンを作るのも上手だねぇ。桃子が自分で結ぶと萎れたリボンになる。不器用だからじゃないよ! 手がね、手がちっちゃいから元の身体より難しいの! 最後に、ドレス用の靴から紐がついてる皮靴にチェンジすれば変身完了である。いつも動きやすいキュロットを愛用させてもらっているけど、今日はちょぴりおしゃれさんだよ!
お部屋に戻ると、すでにメイドのお姉さんとジャックさんによって、ティータイムに向けてのセッティングが始められていた。あっという間に、テーブルと二種類の椅子が整えられていく。お見事! ジュノ様は、と顔を向けると桃子のベッドにちょこんと座っているバルチョ様に熱視線を注いでいた。バルチョ様が照れちゃいそうなほど凝視しているねぇ。
「なぁ、モモ。さっきから気になっていたんだが、あの人形はもしや、バルクライを模しているのではないか?」
「そうだよ。メイドさん達がね、プレゼントしてくれたの。お名前はバルチョ様って付けたよ」
「バルチョか! いい名前じゃないか。少し触らせてもらってもいいかな?」
「うん、いいよ。どうぞ!」
桃子はベッドからバルチョ様を持ち上げて、ジュノ様に差し出す。ジュノ様は両手で受け取ると、バルチョ様の頭や顔をもふもふと押して弾力を確かめている。手が気持ちいい柔らかさで、もふもふしてると癒されるよねぇ。
「バルクライの無表情が随分と可愛くなったなぁ」
「やっぱりジュノ様もバル様に似てると思った?」
「あぁ。よく特徴を捉えている。この円らな目がバルクライの物静かな目と、横にまっすぐ結ばれた口元は口数の少なさを表しているようだぞ。それにとても雰囲気が似ている」
「私もそう思うの! だから抱っこしてるとなんとなく安心するんだよねぇ」
しげしげと検分された後に、ジュノ様に返されたお人形をぎゅっと抱えた。このもふっと感が腕にフィットする。はぁぁぁ、落ち着くのー。桃子が周囲に花を咲かせながら、ベッドにバルチョ様を戻す。
「バルチョ様はここでいい子にしててね」
「準備が整いました。どうぞこちらに」
「はーい、ありがとう。──ジュノ様、準備が出来たみたいだから行こう」
「そうだなぁ」
ジュノ様のズボンの裾をくいくいと引っ張ってテーブルに誘うと、長い脚がのんびりと動き出した。大きな一歩に桃子は小走りして追いかけていく。そうして、桃子はお子様椅子に、ジュノ様は普通の椅子に腰を落ち着けると、レリーナさんが爽やかな香りがする紅茶を二人の前に置いてくれた。
一口味わっていると、開きっぱなしだった扉からメイドさん達が入室の挨拶と共に、お皿とバスケットを抱えてやってきた。華やかなデザートの登場だ。ワッフルが斜めに列をなした大皿が奥に置かれて、手前には一皿ずつ豪華なプリンが用意された。桃子の目はその揺れる小山に釘付けだ。それは、果物をふんだんに盛りつけられた豪華バージョンのプリンであったのだ。
「すごい贅沢なプリンだね!」
「モモの贅沢は本当に可愛い規模だなぁ」
スプーンを握りしめて、プリンの小山を切り崩していく。そして口元にプルプルするそれを運べば、濃厚な生クリームの香りがした。口の中でとろける触感に幸せが生まれた。




