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210、モモ、加護者らしくする~側室のお茶会は嫉妬と策略の香り~前編

「まぁまぁ、よくぞお越し下さいました、加護者様」


 侍女に案内された室内で桃子を迎えたのは、ぞっとするほど優しい声音だった。椅子から立ち上がり出迎えるのは、三人の美女だ。声をかけてきたのは、その中で一番年上の女性であった。上品な緑のマーメイドドレスを纏い、黒髪を結いあげている。灰色の瞳には優しく細められているが、なぜか寒気のするような独特の雰囲気を感じた。


「お招きいただきありがとう。私は加護者のモモ。あなた方をなんと呼べばいいだろうか?」


 お名前はなんですか? って聞きたいところを加護者もとい軍神様っぽくして、頑張って舌を噛みそうな言い回しをする。口が攣りそうだよぅ。もっと自由におしゃべりしたい。その間に護衛として付いてきてくれたレリーナさんが空席の椅子を引いてくれた。クッションが乗せられたそこによじ登るようにお尻を落ち着けると、上品な側室さんが静かな口調で自己紹介をしてくれた。


「わたくしは第一側室の、アニタ・ドドリスと申します。加護者様はおいくつかしら? わたくしのことは母のように思って頂ければ嬉しいわ。隣にいるのは第二と第三の側室です。第二側室とも初対面でございますね? ──そなたから加護者様にご挨拶を」


「えぇ。私は第二側室のマデリン・ケーンリアでございます。お可愛いらしい加護者様。ご一緒出来て光栄ですわ」


 こちらは清楚な顔立ちの女性だ。ドレスも楚々とした白いもので、控えめに微笑んでいるが、目が笑っていない。作り笑顔に毒を感じた。……うぅっ、こっちもこあい人だよぅ。心を許したらばくっと噛みつかれそう。植物で似たようなのがあったよね?

 

「第三側室であるわたくしからも改めてご挨拶申し上げましょう。ルディアナ・クルークでございますわ。本日のお茶会の主催者はアニタ様でございましょう? わたくし楽しみにしておりましたのよ。加護者様も相応しい装いくらいはご存じだったようですわね。安心いたしましたわ」


 ルディアナさんは大きなお胸を見せつけるように胸元が開いた深紅のドレスを身に着けている。誰よりも装いがひたすらに派手だ。他の側室の人も、イヤリングや首飾りは身に着けてはいるんだけど、ルディアナさんは金で出来た花の髪飾りをしていた。金ぴかですんごいお高そう。


 桃子が現在装着しているのは、白とピンクに金の刺繍が入った豪華なお子様ドレスであった。二の腕と首元が涼しいデザインなので、首回りを補うために、バル様に貰ったお高い匂いがする首飾りをつけている。おかげで豪華さが5割増になった。カットが入った宝石は魔力を秘めてキラキラと輝いている。眩し過ぎて触れないけど、ルディアナさんからは文句がつかなかったからレリーナさん達の判断は大正解だったみたい。さすが、バル様のお屋敷のメイドさんだね!


「ルディアナ様、加護者のモモ様に対して口が過ぎましょう。──とても素敵な首飾りをお持ちでいらっしゃいますね。どなたかからの贈り物でございますか?」


「バルクライ様に頂いたものだ。私のような子供にはまだ不似合いだろうが、いつか相応しい者になりたいと思っている」


「加護者様はよくご自分をお分かりなようですわね。それにしても、見事な首飾りですこと……」


 値踏みするような視線が首飾りに注がれる。もしかして、自分の髪飾りより高そうなのが気に入らないのかな? 桃子にはよくわからない感覚だ。だって高い物って持ってるの怖くなるよ? 一刻も早く取ってーってお願いしたくなる。庶民の桃子としては、壊したり汚したりしないかひたすら心配するばかりだ。


 そう思いながらも、遠まわしに貶してくるルディアナさんに加護者として言葉を返さなければ。桃子は偉くなったつもりで口端をくいっと上げてみる。お子様の私がそうしてもクールに見えるかなぁ? そんな心配はあるけれど、ここで素を出すわけにはいかないので精一杯演技する。バル様みたいに落ち着いた口調を意識して、言い回しも固めを装う。

 

「年は五つといえども、場に合わせた装いは学んでいる。お茶会をするのであろう? 始めてはどうだ?」


「えぇ、そういたしましょう。──お前達、紅茶を配りなさい」


「はい。アニタ様」


 三人の側室に目を向ければ、アニタさんが侍女に命じる。侍女のお姉さん達は無表情で紅茶の準備に動き出す。お部屋のところどころに絵画が飾ってあったり、巨大な花瓶に大きな花が生けられたりしてる素敵なお部屋だ。素敵なはずなんだけど、朝よりも弱くなった雨音と窓から覗く灰色の空に光る雷が、室内に漂うどろっとした空気を表しているかのようであった。

 

 音もなく差し出された紅茶は大人用だ。しかもなんか豪華なカップだけあって重い。取っ手を持つだけだと落としそうだから、桃子は両手で持ち上げて慎重に口に含んだ。ほどよい温度でいい香りが鼻を抜けていく。美味しいけど、緊張してるからあんまり味わえない。残念に思いながら、カップを戻すと待ってましたとばかりにルディアナさんが含み笑いする。


「加護者様はカップの持ち方もご存じないのかしら? 両手で持つなんてはマナーが悪いですわね」


「相手は加護者様といえどまだ幼い方でいらっしゃるわ。このくらいで目くじらを立てるとは、側室の品格ある女性のすることではないでしょう」


「アニタ様こそわたくしが加護者様のためを思い、他の場所で恥をかかないように親切心からご忠告申し上げた言葉にそのようにおっしゃるとは心外ですわ。もしや、側室の中で一番年若いわたくしに嫉妬していらっしゃるのかしらぁ?」


「うふふ、面白いことをおっしゃるのね。一番年が若くとも、王様のご寵愛を受けられねばその若さももちぐされですわ。ルディアナ様こそ、いっそお屋敷にお帰りあそばされてはいかが? その若さとご自慢のお身体ならお似合いの方なんてすぐに見つかりますわ」


「あら、マデリン様まで嫉妬かしら? ごめんなさいねぇ。若くもなく自慢の身体も持たないあなた方とは違い、わたくしには王のご寵愛を受ける可能性が十分備わっていますもの」


「お止めなさい。幼い加護者様の前で見苦しい。わたくし共は共に王の側室としての務めを果たせばよろしいのです。王の愛は平等に与えられているのですから」


 上品さに隠した納豆のような言い合いがヒートアップする前にアニタさんが冷静にぴしゃりと叩く。引き会いに出された桃子は内心、争わず美味しく飲もうよ! って叫びたくなっていた。美味しいものは笑顔で美味しく頂きたいよね。その時、侍女のお姉さんがクッキーを盛ったお皿をテーブルの上に置いた。しかし、桃子の二の腕に侍女の肘が当たってしまう。あっ! と思った時にはバシャッとドレスに自分の紅茶がかかっていた。








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