209、モモ、鑑定される~肩書は大事なものを守る時に見せましょう~
護衛兵士のユノスさんと異身分交流をした桃子は、皆が起きる時間帯になると朝食を食べて、動きやすいお洋服を着て、今日も働くぞ! っと、気持ちよくお仕事に向かおうとしていた。お城の広い廊下をユノスさんとは別の護衛兵士のお兄さん達と、レリーナさん&ジャックさんという頼りになる二人と一緒にぞろぞろ歩いていたら、前方からとんでもない美人に呼び止められた。
「そこの者、止まりなさい」
「うん? 私?」
「おそらくそうかと。──無礼でありましょう。この方は加護者様でございますよ。高貴な方とお見受けいたしますが、この方は貴方様のご命令をお受けする立場にはございません」
「まぁ! このわたくしになんて口のきき方」
「そなた、侍女の分際でこの方に楯つくか。控えよ。この方は王様のご側室であられる、ルディアナ様である」
えっ!? 王様の側室!? 桃子はびっくりしてきつい顔立ちの美女を見上げた。ほぁー、金髪に青い瞳の美人さんだねぇ。ぷるぷるな唇は大人の女性らしく赤い口紅だ。海外の女優さんみたい。でも、なんだろう? すんごくじろじろ見られてる。鑑定中なの? いくら見てもお子様優良児、五歳の桃子です! 宝石になったりはしないよ?
「そもそもわたくしが加護者様をただの幼子と見間違えたのも、下々が着るような服を身につけていたからですわ。こんな質素な装いをさせるなど、そなたのような無礼者は王宮に相応しい装いも知らないのでしょう? やはりその者には躾が必要ね。──捕らえなさい」
「はっ」
ルディアナさんの後ろに付いていたお付きの兵士さんが足早に近づいてくるので、桃子は慌てて声を上げた。
「この者は私の護衛である! 勝手に連れて行くのは許さぬ!」
って言えば、いいのかな!? 桃子は内心バックバクに緊張しながらも、咄嗟に、前に演じたなんちゃって軍神様モードになって声を張った。態度は壮大に、Lを意識するの! レリーナさんを連れて行かれないように必死になっていると、ルディアナさんは不愉快そうに顔を顰めた。
「あら、加護者様は随分と口がお達者でいらっしゃるのね。ですが、加護者様の傍に置くにはあまり教育がされていないご様子。わたくしが代わりにして差し上げると申し上げているのです」
この人、人に命じることに慣れているね。加護者である桃子を上に上げた振りをして自分の意見をごりごり押してる。だけど、この人の言う通りにしちゃったら、レリーナさんがどんな目に遭うかわからないから、絶対に連れて行かせないもん!
「この者が無礼を働いたというのならば、主たる私が代わりに非礼を詫びよう。この服も私が頼んだのだ」
「そうでしたの? 加護者様も王宮にはいまだ慣れないご様子ですわね。そんな装いでは、加護者様の後見人であるバルクライ殿下の評判まで下げてしまいますわよ?」
口元に右手の指先を添えて嘲るように目を細めるルディアナさんに、バル様まで引き合いに出された桃子はむかぁっとして、反論したくなった。けれどその前にジャックさんがはっきりした口調で、ルディアナさんの言葉を否定する。
「失礼ながら、加護者様の装いについては王妃様に自由にして構わないとご許可を頂いております」
「王妃様が? こんな恰好をご許可なさるとは一体なにをお考えなのかしら? わたくしには理解出来ませんわ」
「王妃様は王様に見劣りなさらないほど勇猛でいらっしゃいますから、お美しいルディアナ様のご理解が及ばないこともございましょう」
「えぇ、その通りでございます」
侍女達が粘着質な笑い声を零す。むーっ! 王妃様のことを遠回りに馬鹿にしてる! 嫌な空気。巨大扇風機で吹き飛ばしたい! 桃子が内心むぅむぅ唸っていると、侍女達の同意の声に満足したのか、ルディアナさんは桃子にようやく本題を切り出してきた。
「そうそう、忘れるところでしたわ。わたくし、加護者様をわたくし達側室のお茶会にご招待したく参上いたしましたの」
にっこり微笑んでいるのに目が笑っていない。ここまで足を運んであげたのだから、もちろん出るわよね? と言っている。桃子がどう答えたものか迷っていると、レリーナさんがそっと耳打ちしてくれた。
「モモ様、お断りしましょう。こんなご側室のお茶会など碌なものではありませんよ。そもそもルーガ騎士団に行くご予定がございますのに」
「でも、この場で断ってもこの人何度も誘いにくるんじゃないかな? それに断った理由がルーガ騎士団で働いてることだと知られるのは良くない気がするの。バル様のことを引き合いに出されるのも嫌だから、キルマには申し訳ないけど、こっちに1回だけ付き合った方が無難だと思う」
「ですが……」
「大丈夫。嫌な思いをしたとしても、私にはレリーナさん達がいるもん。軍神様モードで乗り切るよ。──お招きを受けよう。今はこのような身なりなので、一度着がえる。せっかくのお茶会なら皆で楽しみたい」
「それでは鐘11つ頃、わたくしの侍女を送りましょう。この場で一度失礼させていただきます。後ほど、お待ちしておりますわ」
受けると言えば、真っ赤な唇が笑みを残してあっさりと去っていく。はぁ……レリーナさんを連れて行かれなくてよかったよぅ。
「モモ様、お守り頂いてありがとうございました。私、深く感動いたしました! 普段愛らしいモモ様が、加護者様らしく凛々しくお立ちになる姿を拝見出来てこの上なく幸せでございます」
「モモちゃんがレリーナさんを守った姿、立派だったぞ!」
レリーナさんとジャックさんに褒められて、桃子はちょっぴり照れ笑いする。その後ろに控えている護衛兵士さん達も強面のお顔にほんのり笑みを乗せていた。ほのぼのした空気が流れて、ふぅっと肩の力が抜ける。ふあぁぁ、安心するねぇ。
「レリーナさんが無事で本当によかったよ。ジャックさんも助けてくれてありがとう! バル様のことを言われてちょっとむかぁってなっちゃってたから、あのままでいたら、なにか言っちゃってたかもしれない。ああいう時こそ、冷静でいなきゃね」
「モモ様には辛いお茶会になるかもしれませんね。そうです、作戦会議をしましょう!」
「オレも、レリーナさんの意見はいい考えだと思う。なにを言われても平気なように言葉の用意もしておこうな」
ジャックさんはレリーナさんを見て、そわっとしながら同意する。作戦会議! 秘密な感じに心が弾むね! でもその前に、キルマに、ごめんね、今日はお仕事行けないよって連絡しなきゃ。




