205、バルクライ、もどかしさを知る 後編
「失礼な奴だな。どっから見ても立派な神官様じゃないか。お前等の怪我を治してやってるんだからよ」
「でも、時々ルクティス様は請負人の方達に混じって剣を振りまわしていらっしゃいましたよね。あなたがお強いので僕達は安心して見守らせていただきましたけど」
味方であるはずのタオにもおかしそうに言われて、ルイスは腰に括りつけた帯剣を軽く叩いた。
「オレの得物はこいつだからなぁ。魔法を使うだけってのはどうにも物足りん」
「請負神官か! ははっ、新しいな。いっそのこと神官の中でもそういう奴等を育てていっちゃあどうだい? 治癒魔法が使えることは十分に貴重だが、自分の身を守る術があるのは本人の為にもなるだろう」
「いい案だとは思いますが、神官になるのは武に向かない方が多いのです。僕も努力はしましたが、結局剣に振り回されるばかりで形にはなりませんでしたから。請負人にして神官でもあられるこの方が別格なのですよ」
「いやいや、オレはもともと請負人で生計を立てていたんだ。神官が後づけだから、こうなるのが普通だろ。神官は光魔法がせっかく特出してるんだから、そっちを重点的に伸ばしていけばいいさ。身を守る方法ってのはなにも武器を使えることだけじゃないだろ? 光魔法の応用で新しい手を考えるのはありだと思うぞ」
ルイスの意見を聞くといかに目の前の男が規格外かがわかる。その本人は自分を普通と評しているが、持って生まれた才能だけで両立させたわけではないだろう。バルクライはそれを察しながら、男の意見に同意を示す。
「ルーガ騎士団の団員は一通りの武術を体得する。だが、全ての団員が同レベルの技術を持っているわけではない。剣に秀でた者、弓に秀でた者、体術に秀でた者、魔法の扱いに秀でた者、個々によって扱いやすいものは違う。だから、武器は一通り使えるようにはするが、最終的に常に武器として使うものは本人に選ばせる」
バルクライの足りない言葉をカイが簡素なテーブルを用意しながら付け足す。
「要は、神官達も個々の意思に委ねてみろってことですね。そう言えば、オレ自身が魔法を使えないからあまり考えたことがなかったんですけど、セージの多さは人によって違いますよね? ということは、神官の光魔法も効果の強さは違うんじゃないですか?」
「あぁ、そうだ。セージを使う量や癒すのにかかる時間には差がある。これは経験とセージがものを言う」
「と、いうことはだ。剣に限らず魔法も経験が重要ってことだな。そう言う意味じゃ、危険は伴うが今回みたいな害獣討伐の機会はまさにうってつけだろ」
「おいおい、ギャルタス。怪我をすることを前提に話さないでくれよ」
「そうですよ。神官はお守りみたいなものです。どんな怪我でも治せるわけではないことを忘れないで下さい」
ギャルタスの言い分は理に適ってはいるが、怪我人を癒す側としては聞き流せなかったのか、ルイスとタオがなるべく怪我はするなと注意する。言われて気付いたのか、ギャルタスも気まずそうに頭を掻く。
「悪いね、言い方がよくなかったか。怪我をするのがいいという意味じゃないんだ。怪我をしたとしても、双方にとってメリットがあるのは悪いことじゃないと思ったんだよ。怪我人は傷を癒してもらい、神官は経験を手に入れられる。酷い傷や緊急時は別としても、軽傷なら新人の神官に回せば、ってな」
「経験を積ませるためにか。さすが請負屋頭目。目の付けどころが違うな」
「こっちは人を見るのも仕事なんでね。転んでタダ起きるんじゃもったいないだろ?」
ギャルタスの爽やかな笑顔を横切る商人気質の貪欲さに、ルイスがぐるりと目を回しておどける。和らいだ空気の中、バルクライはカイが用意した机に地図を広げながら話しを振る。
「いずれにせよ、今出た案は帰還してからそれぞれの組織で話し合った上で検討するべきことだ。草案として頭に残しておいてくれ。先程の話だが、ルイスとタオはモモになにかあった時に動くことは可能か?」
「こう言ったら不敬になっちまうが、神殿に籍を置いちゃいるが執着はないんでな。おいちゃんはモモちゃんの味方だ。必要ならいつだってこの手を貸すぞ」
「僕もです。僕自身もあの子を妹のように思っていますから協力が必要な時はいつでも声をかけてください。また、神殿として意見を述べさせてもらうのなら、前大神官が起した事件で、神殿はあの子に大きな負い目が出来ました。ですから、この先誰が大神官の椅子に着いたとしても、その者がモモちゃんの道を塞ぐことはまずないと考えていいでしょう」
「むしろ、あの子の言葉なら耳を傾ける者も多いかもしれないな。神に仕える身でありながら不遜にも神の加護を与えられるような子供を攫ったのだから、神心深い神官ほどその事実を恥じているはずだ」
「……そうか。次期大神官はまだ定まらないか?」
その問いにはルイス自身のことも含まれていた。それを察した男は毅然と首を横に振る。
「悪いが、それには答えられないぜ。祭りが始まる頃には決まっているだろう。この討伐にオレが出たことで神殿内の一定数の神官が味方に動いた。今言えるのはここまでだな」
にごさずにはっきりした答えには、ルイスの中でなにか決めたことがあるようだった。それがどのような結果であれ、個人として動いてくれるという言質が取れたのなら、これ以上は無粋となろう。
「わかった。──明日の話をするぞ。本来なら予定通りのルートを周回したいところだが、雨が降ると川の増水で進めなくなる可能性が出る。その為、迂回のルートを確認しておきたい。意見がある者はその場で言ってくれ」
バルクライは4人にそう言い置いて、広げた地図に指を置いた。




