204、バルクライ、もどかしさを知る 前編
バルクライ視点にて。
バルクライは夜空を見上げていた。害獣討伐部隊が出発して今日で5日目、つまりモモと離れて同じだけの日数が過ぎたことになる。
「団長、なに見てるんですか?」
「雲を見ていた。月に薄く広い雲がかかり、流れも速い。明日は雨が降るかもしれない。団員達に念のため準備しておくように伝えろ。水は十分行き届いているか?」
「休憩時は水場で取れましたから各自確保しているはずです。幸いにも我が国は1年の大半が温かな気候ですし、仮に雨に降られても体調を崩すような団員はいないでしょう。……モモは元気にしてますかね?」
「どうだろうな」
「団長と1ケ月も離れるなんて初めてのことですし、きっと寂しがっているでしょうね」
「笑って過ごしていればいいが……こう遠いと、何が起ころうとすぐに手助け出来ない。もどかしいものだな」
カイの言うように、モモとこれほど長く離れるのは今回が初めてだ。育ちのせいか、我慢の上手い子だ。寂しくても一人で耐えていそうで気にかかる。バルクライはいつもモモを抱き上げていた左腕を見下ろして、目を細める。
それぞれの部隊に指示を出し、大きな部隊を東西南北の4つの隊に分けて討伐に向かわせているが、害獣の出現数が前年より遥かに多い。南に進むバルクライの部隊は、この5日で狼型の変異体に3匹も遭遇している。わざと害獣が好む匂いを焚いて引き寄せてはいるものの、この数はやはり異常だ。幸い、モモを残している街からはなんの伝令もないため、あちらではなにも起きてはいないのだろう。
空を見上げて考えにふけるバルクライ達に近づく者がいた。男は肩を回しながら、二人に声をかけてきた。
「深刻そうな顔をしてなんの話をしてたんだ?」
「ギャルタスか。モモのことだ」
「あの子か。加護者として、立派に務めを果たしてオレ達を見送ってくれたじゃないか。なにが心配なんだ?」
「モモとこれほど離れたことはないのでな」
「そうか。そりゃ、気がかりだろうな。だけどまぁ、あの子なら大丈夫なんじゃないか? 素直で愛想のいい子だ。あの笑顔で来られたらどんなに無愛想な奴でも頭の一つも撫でてやりたくなっちまうだろう」
「それはそれで気になる」
「ははっ、モモは一度懐くと相手に全開で心を許しますからね。それに自分の周りの心の痛みに敏感だ。傷ついた人を見つければなんとか手当しようとする子です。オレ達が帰るまでに本部の団員を骨抜きにしてるかもしれませんよ」
カイが楽しそうにそんな予想を立てる。あながちないと言えないところがモモだ。胸に浮かぶ言葉にするには難しい感情に目をつむり、バルクライは数日の拠点として作られた陣営に踵を返す。広い草原の木々の密集した場所に造られたそこには、団員や請負人達が火をおこし、討伐した害獣を捌いている。それを怖がりながらも興味深そうに見学しているのが神官達だ。共闘しているおかげもあるのか、どこか和気あいあいとしており、以前より格段に雰囲気は改善しているようだった。
ギャルタスが満足そうに口端を上げる。
「良い感じだ」
「あぁ。やはり同盟を結んだのは正解だったようだ。こちらが手を模索している最中、もっとも動いたのはお前だろう、ギャルタス。モモを挟んでいたとはいえ、その功績は大きい」
「お褒めに預かり恐悦至極。だが、一番の功労者はモモちゃんだろうな。あの子が居たから繋ぐことが出来た縁だ。街の襲撃に対する被害も最小限に食い止められたのも、モモちゃんの勇気ある行動があったからだよ」
「オレもそう思います。モモが動かなきゃ、多くの人が死んで相当な被害が出ていたでしょうね」
「望んで加護者と公衆の面前で名乗ったわけではあるまいよ。それなら、オレのとこにわざわざ働きには来なかっただろうからな。……団長さん、モモちゃんを大事にしろよ。無邪気で賢いだけの幼子と思いきや、あれほど得難い加護者はいないぞ」
「驕りを知らず、他人の為に動けることはモモの美徳だ。だが、思惑を抱き、その美徳を利用しようとする者もいる。だからこそ、あの子を守らねばならない」
バルクライは天幕の中に入りながら、後ろを振り返る。
「その為にも、時にお前達の助けが必要となるだろう。協定を結んだ功労者だ。守る理由には十分値すると思うが?」
「その通りだな。オレに否やがあるはずもない」
肩をすくめたギャルタスは、バルクライにそう応じた。モモに何事か起きた時に動ける手は多いに越したことはない。口約束に過ぎないが、頭目としても、また一人の男としても、信じるに値する相手だ。
「その話、オレも混ぜちゃくれないかい?」
「狙ったようなタイミングで来たな。よぅ、ルイス。……ぶふっ、や、やっぱ何度見てもその神官姿は見慣れねぇわ」
天幕の外からやってきたのはルイスとタオである。ギャルタスはルイスの顔を見るや否や噴き出して声まで震わせている。だが、そうなるのもわかる気はした。請負屋の中でも古株だという男は、団員と遜色ないほど鍛えられた体の持ち主だ。さらに言うなら、ボサボサの髪と無精ひげがそのままのため、神官服との落差が激しい。つまり、非常に似合わないのである。




