201、モモ、終了の鐘を聞く~好意でもらったものはどんなものでも大切にしたい~
ルーガ騎士団でのお手伝いは、朝の鐘9つからお昼を越えて鐘2つまでと言われていた。桃子は午後もあっちにこっちにパタパタ駆け回り、キルマから渡された書類を手にお仕事をやり遂げたのであった。
執務室で終了の鐘が響くと、キルマが執務机から身を離して桃子の前に立つ。頭に手が乗せられて、褒めるようになでなでしてくれる。
「今日はお手伝いしてくれて、ありがとうございました。モモのおかげで随分と楽をさせてもらいましたよ。これは本日の給金です。明日もよろしくお願いしますね?」
「えっ、こんなにたくさん?」
「モモの働きぶりに見合った給金だと思いますよ」
桃子の手にそっと置かれたのは白銀貨2枚と銅貨3枚であった。以前のお仕事より多い。もしかしたら、キルマがおまけをしてくれたのかなぁ? 桃子は大事なお金をきゅっと握りしめて笑顔のキルマを見上げる。いいの? 本当にいいの? 目に疑問を乗せて尋ねると、大きく頷かれた。しかし、優しい視線は、執務室の扉側に向けられた途端に呆れたものに変わる。
「問題はあれですね」
「オレが馬車まで運びますよ」
「ジャック、あなただけでは往復することになりますよ。私も一緒に行きます」
「私も運ぶの!」
キルマが視線を向けた先には木箱が一つと段ボールが一つ積まれていた。この中身こそ、カーライさんが、桃子にお詫びとしてくれたジュースとお菓子の詰め合わせであった。十六歳だよーってキルマに伝えようとしただけだったんだけど、勘違いされちゃった結果、桃子は16本のジュースと16箱のお菓子を手に入れてしまったのである。
ジャックさんが下の段木箱を肩に抱え上げると、中でガシャガシャとビンが当たる音がした。割れてないかな? ジュースを入れるビンだからきっと頑丈のはずだよね? そう信じよう。桃子は気になる音から耳を逸らすと、もう一つの段ボールを持ち上げたキルマを見上げる。あの、私はなにを持てば……? 2人を見比べておろおろしていると、それに気付いたキルマが段ボールから一箱お菓子を取り出して、桃子に渡してくる。
「モモにはそれをお願いしますね」
「一個だけ? もっと持てるよ!」
「いいのですよ。こういうことは私達の仕事です。小さな淑女さんはそれを持ってくれれば十分ですよ」
女の子扱いされちゃった! 気恥かしいけど、身体は五歳児でも中身は立派な女の子だからやっぱり嬉しくなっちゃうよねぇ。口端が自然と上がっちゃうのを抑えられない。この素直な表情筋め! 表情筋にたまには居眠りしてってお願いして、ポーカーフェイスが出来ない桃子は口元をお菓子の箱で隠す。
「ふふっ、口を隠してもおしゃべりな目は隠せてませんよ?」
キルマの指摘に桃子はちらっと視線を上向ける。目だけしか見えてないのに、嬉しいって聞こえちゃった? この素直なおめめめめ! ん? めが一個多かった──と思った所で突然身体が浮いた!
「おおぅ!?」
「ぶはっ、意外と男らしい声出すな、モモちゃん。しっかり捕まってろよ」
ジャックさんってば、力持ちだね!? 左脇にはジュースの瓶が詰められた木箱、右腕には桃子を抱えてのしのしと歩き出す。怖くない熊さんのお通りですよー。ジュース瓶のガシャガシャ音がBGMとして流れてくる。
筋肉質な腕の中で桃子はお菓子の詰められた箱を両手に抱えて、貰った大量のお菓子とジュースをどうしようかと考える。さすがに全部は食べられないよねぇ。縦じゃなくて横に大きくなっちゃうからね。でも、せっかくくれたのに傷ませるのも申し訳ない。傷ませる前に食べ切るには……はっ、他の人にも食べてもらえばいいんじゃ?
1階に辿り着くと、ジャックさんの両手の荷物が目立つのか、廊下に出ていた団員さん達がこぞって視線を向けてくる。桃子は手をふりふりしてご挨拶だ。今日からお手伝いに入った桃子です。よろしくどーぞ!
隣を歩くキルマに微笑ましいと言わんばかりの視線を頂きながら、桃子は門前まで運ばれていく。門の正面脇には灰色の質素な馬車がすでに待機していた。お城のゴージャスな馬車だと目立ち過ぎちゃうので、お忍び用の馬車を貸してもらったのである。これもレリーナさんが用意してくれた。本当に有能なメイドさんに頭が下がるね! ぺこり。
二人が荷物を馬車の中に入れてくれて、ジャックさんと一緒にいそいそと中に入った桃子は開かれている窓の前に立つと、ひょこっと顔を出してキルマに話しかけた。
「今日はキルマと一緒に働けて嬉しかったよ」
「えぇ。私も癒されました。また明日、待っていますからね」
キルマに手を振ると、馬車がガタゴトと動き出す。桃子は席に座り直すと、正面に座っているジャックさんに相談する。
「ジャックさん、請負屋さんにおすそ分けに寄りたいんだけど、いいかな?」
「これだけあるもんなぁ。さすがにモモちゃんだけじゃ食べきれないか。いいぜ、オレも久しぶりに顔を出しておきたかったんだ」
というわけで、桃子達はお城に帰る前にちょっとだけ寄り道をすることになったのである。




