200、モモ、勘違いされる~知らない場所でのお昼は一大イベント~後編
「カーライ……あなたねぇ、なぜ周囲の団員がこの子になにも言わないのかを考えなかったのですか? 叱る前に、せめて本人に確かめなさい。それだから、団員にも猪隊長などと言われるのですよ! ──モモ、すみません。あなたの安全を考えて、ルーガ騎士団で働いてもらうことを周知していなかったのですが、裏目に出てしまったようですね」
「ふうっ……うっ……」
嗚咽で言葉にならないけど、なんとか頷くと、キルマに抱きあげられる。よしよしと背中を撫でられて桃子は浮かんだ涙を手の甲で拭う。
「返す言葉もねぇわ。嬢、オレが悪かった! なっ、この通り謝るから許しちゃくれねぇか? 酒……じゃまずいか、あー、ジュース! ジュース何杯でも奢るから勘弁してくれ!」
……ふえ? 腰を曲げて桃子の顔を覗こうとするおじさんからは、さっきの怖い雰囲気が消えている。あれは悪戯っ子を叱ろうとしてたから? 太い眉を下げて、弱りきった顔だ。逆にキルマは目元を暗くさせた悪い笑顔で、歌うように尋ねてくる。
「どうします、モモ? ジュースよりお菓子の方がいいですか? それとも玩具がいいでしょうか? どうせなら好きなものを請求しておしまいなさい」
「おぅ、任せろ! 菓子だろうが玩具だろうが、嬢の両手で抱えきれないほど買ってやるぞ」
野生のおじさんはどーんと胸を張って歯を見せてるけど、大丈夫? キルマにおサイフ扱いされちゃってるよ? だけど、さすが副団長さん。交渉術がすごいと思うの。お店を開いて商売したら、きっと大金持ちになれちゃうね! でも、欲しいものなら……。
「欲しいものなら、ひっ、もう持ってるから、ひっくっ、なんにもいらないの。ひぅっ、私もちゃんと、説明出来なくて、ごめんなさい」
困った! 酔っ払いみたいにしゃっくりが止まらないよぅ。そう思っていると、野生のおじさんがバシィッとすんごい勢いで自分の頭を叩いた。ひえぇっ!? 桃子は思わず自分の頭を両手で庇った。
「かーっ、子供ってのはもっと我儘なもんじゃないのか? なんつー心の広さだ!」
「そうでしょう、そうでしょう。これほどいい子は見たことがないでしょう?」
なぜか、キルマが誇らしげにしてる。えぇーっ、ちょっと待とう!? キルマは私の中身が十六歳だって知ってるよね? やっぱり、忘れられちゃってる!?
「キルマ、十六、十六」
「なんだ、ジュースとお菓子を16個か? よっしゃ、わかった! ひとっ走りして買ってくる!」
「ち、違うのー……」
「すげぇ速さだな」
「ほんっとうにうちの隊長がすんません」
「悪い男ではないですが、思い込むと一直線なのが困りものですね。まったく、騎士団一の問題児は、ディーカルかカーライのどちらかでしょう。モモに紹介する間もありませんでしたが、今の男が3番隊長のカーライ・エフラグ。今は主に街の外の治安を担当してもらっていますから、ほとんどルーガ騎士団本部にはいませんが、一応覚えておくといいでしょう。それと──あなたは気にせずお戻りなさい。あの猪は放っておけば、壁にでもぶつかって止まるでしょう」
止めようとしたのに、野生のおじさんが猪のように走って食堂を出て行っちゃう。猪突猛進って四字熟語があるけど、まさにあれだと思う。猪隊長って名付けた人ナイスネーミングだね。申し訳なさそうに頭を下げる団員のお兄さんに、キルマは呆れたように首を振ってそう促しながらテーブルに着く。桃子はそのまま、お膝に乗せられる。正面にはジャックさんが着席して嬉しそうにトレーの上の料理を見ていた。テーブルの上のお料理が近くなるといい匂いに鼻をくすぐられちゃうね。はぅ、お腹が鳴っちゃいそう!
お料理に気を取られていると、団員さんがもう一度頭を下げて離れていく。本当に気にしなくていいよ! って心の中で肩を落として見える背中に声をかけた。テーブルに戻った団員さんは、一緒に食事をしていた男の人達に肩をぽんぽんと叩かれている。ぜひ慰めてあげて欲しいの。
「さてさて、じゃあ頂きますか!」
「えぇ。モモの分は食べやすいように小さめに作ってもらいましたからね、ハッシュポテトから食べてみますか?」
「……うん!」
トレーの上には、ハッシュポテトとお肉とピーマンの炒め物、それに桃子の顔くらいはありそうな大きなパンと、お豆と緑の葉っぱが浮いた透明なスープ、別の器にはサラダが上品に盛られていた。なにより食欲を誘うのはサイコロサイズに切られたステーキだろう。お肉の表面からはまだパチパチと油が小さく鳴っている。
すんごい美味しそうだ。自分で食べ──……なんでもないよ! 優しさをくつくつ煮込みました! って感じの、蕩けた微笑みを向けられたらなんにも言えないよねぇ。ハッシュポテトがどんなものなのかよくわからないまま、桃子は口元に近づくフォークを素直にパクついた。
フォークの先にはじゃがいもらしき塊が刺さってて、そっと口の中に入ってくる。外はカリッとしててフライドポテトに似てて、だけど中はまったりしたコロッケみたいな食感が混ざってる。バターの風味に塩と胡椒が効いてて美味しい。これ、食べたことあるよ! 名前は知らなかったけど、これがハッシュポテトなんだねぇ桃子はほっぺたを両手で押さえてむぐむぐとじゃがいもを噛みしめる。
「どうですか?」
「すんごくおいしい!」
「それはよかったです。モモは成長ざかりですから、たくさん食べるのですよ」
「好き嫌いせずに食べて大きくなれよー」
ジャックさんは桃子のものと比べて3倍は大きいハッシュポテトを二口で食べきりながら、そんなことを言う。でも、この世界の人達ってみんな高身長でお胸も大きいから、元の姿でも子供扱いされちゃう気がする。……たくさん食べたらお胸と背がプラスで大きくならないかなぁ?




