199、モモ、勘違いされる~知らない場所でのお昼は一大イベント~前編
ルーガ騎士団の食堂には、すでにたくさんの団員さん達が集まっていた。テーブルではもうお昼を食べ始めている人もいた。鐘が鳴った瞬間に、皆でスタートダッシュして食堂に飛び込んだの? きっと同時に走り出しても、絶対に私が一番遅いね。頑張って走っても三輪車と同じくらいじゃないかなぁ。 そんなことないよ! もうちょっと早いもん! って心の中の五歳児に抗議された。いい勝負な気がするけど、ごめんねって謝っておく。
そんなやりとりをしてる間に自然とほっぺたを膨らませていたようで、キルマにつんつんされて気付く。相変わらず、精神の綱引きに負けちゃってるなぁ。
「どうしました、モモ。そんなに頬を膨らませても、可愛くなるだけですよ」
「ううん、なんでもないの」
長い指を握ると、キルマが蕩けるように微笑む。眩いばかりの微笑みを向けられて、照れながら握った指をにぎにぎする。おおっとぉ、副隊長のスマイル効果か、周囲の視線が強くなったゾ! なんて心の中で実況して照れを誤魔化す。周囲の団員さんが食事の手を止めて見惚れちゃってる。うんうん、眼福だもんねぇ。
そんな中、ジャックさんは恋する人だから平気なのか、キルマを気にする様子もなく、きょろきょろと周囲を見回している。
「どこ座ります? やっぱ入口近くは人気ですね。代わりに、後ろの方はガラッガラですからどこでも座れそうです」
「普段はかなり混雑するんですが、今は半分以上の隊が出払っていますから空いてるんですよ。モモはどこがいいですか?」
「えっとね、えっと……あそこ!」
桃子がびしっと指差したのは、壁際の少し奥の席だ。あそこならそんなに視線も飛んできにくいと思う。それに、キルマの微笑み効果で団員さん達もちょっぴり挙動不審になってるから、背中向きに座ってもらえば、ご飯が冷めちゃう前に皆食べられるよね。
キルマが桃子の選んだ席に足を進める。一歩進む度に揺れるのが楽しい。わっしょいわっしょいと心の中でお祭り気分を楽しんでいると、目的のテーブルに到着した。キルマの腕から下されてお尻が椅子に着地! でも、やっぱり高さが足りないよぅ。もはやお約束の展開である。あれだね、私どこかでご飯をもらう時はお子様椅子を背負っていった方がいい? ちょっと想像してみる。……うん、無理だね! 椅子の重さにべしゃっと潰されて、うーんうーんと抜け出せずに唸る五歳児の自分が簡単に想像出来た。
「私の膝に乗ればちょうどいいでしょう。その前に食事を持ってきますからモモはここで待っていてくださいね。ジャックも一緒においでなさい」
「あー、でも、モモちゃんを見てなくても大丈夫ですか?」
「モモなら問題ありませんよ。団員の目がこれだけ光っていますから、長時間離れなければ万に一つということもないでしょう」
ジャックさんは私の精神が十六歳だってことを知らないから、勝手に動いちゃうんじゃないかって心配してるんだね。普通の五歳児なら好奇心のままに突撃してたかもしれないけど、大丈夫だよ!
「ジャックさん、行ってきて? 私ちゃんと良い子にしてるからね!」
「……そうか? じゃあ、行ってくるよ。もしなにかあったら叫んでくれ」
「はーい、行ってらっしゃい」
まだ心配そうな顔をしつつもジャックさんはキルマに連れられて食事を受け取りに行く。それで桃子はというと、足をぶらぶらしながら身体を左右に揺らしてます。ごーはん、ごーはん、まだかなぁー、心の中で歌っていれば、突如背後から大きな影が差した。……なんで曇ったの? 振り仰ぐと、顎髭の生えた野生のおじさんが立っていた。
いや、だってどう見ても野生に生きてそうな印象が強い。桃子は盛大に慄いた。もっさもさの髪がね、背中まであって、お髭の形がお船を留めておく碇みたい。年は四十代前半? 今まで見た人の中で一番大きい。バル様も桃子にとっては巨人だけど、この人は巨々人って名付けたいくらい大きい。見下される視線がこあい。
「う……っ」
「おいガキ、どっから入って来やがった? ここはお前みたいなガキが居ていい場所じゃない。さっさと出て行け!」
「あの、あの……っ」
ドスの聞いた声に怒鳴られて、びくっと震えた桃子の目にぶわっと涙が浮かぶ。うぅっ、我慢っ! せ、説明しなきゃっ! そう思うのに怒鳴られたことに半ばパニックになっちゃって、上手く口が回らない。そんな桃子の様子を見かねたのか、後ろの席にいた団員さんが慌てたように来てくれた。
「隊長、その子、あ、いや、方? はキルマ副隊長が連れて来たんですよ。勝手に入ったわけではないので、叱らないであげてください」
「キルマだとぉ? なんでこんなおしめも取れてなさそうなガキを連れて来てんだ?」
「隊長よく見てくださいって! この子は例の幼い加護者ですよ! 副団長からの書類を運んでくれてるって噂になってましたし、たぶん、団長達が留守なんで副団長の手伝いに来てくれたんじゃないですか? 午前中に隊長の執務室にも行ってたみたいですよ」
「……おい、手伝いをしてるってのは本当なのか?」
「あ、あい!」
涙を堪えて必死に頷くと、おじさんはすんごい渋い顔をして大きな手で自分の葉っぱみたいに茂った緑頭をばぁんっと叩いた。痛そうな音にまた身体がびくっと反応する。すっかり怯えて視線を彷徨わせていた桃子は、おじさんの後ろでキルマ達が食器を手に足早に戻ってくるのを見つけて椅子から飛び降りた。そして本能の叫ぶままに、テーブルの間を必死に走り抜けるとキルマの足に飛びつく。ふぐぅっ、こあかったよぅ!!
「モモ、どうしたのです!?」
「悪い、キルマ! オレァ、てっきり悪戯なガキが食堂に入ったもんと勘違いしちまってよ。うっかり叱りつけちまった」




