198、キルマージ、機密書類を受け取る
キルマージ視点にて。
モモに何回目かの書類の配達を頼んですぐのこと、師団長執務室に入室を求める声がしていた。キルマージが許可を出すと、密かに辺境の支部に向かわせていた団員が帰還の報告に訪れたのだった。
「受刑者達の様子は直接確認出来ましたか?」
「はい。支部を纏める総隊長にご案内頂き、暴動を起こした者達と対面いたしました」
「今は村の中の道を整備していると聞いていますが」
「そうです。害獣が狂暴になる時期ですから、比較的安全な場所に労働を割り当てているようです。そこで本人達に面談しましたが、なぜ暴動に至ったのか、誰が扇動者となったのかを尋ねても、曖昧な言葉ばかりで暴動の主導者が一致しないのです。さらに受刑者の中にこんな証言をするものもいました。──なんの前触れもなく、自分の中で激しい怒りが湧き上がり、どんなことをしてでも逃げなければいけない、という気持ちになったと」
「そうですか。ところで、鎮圧する前に脱走したという罪人達は見つかったのですか?」
「それが……団員達も必死に捜索していましたが、私が帰還する日まで発見に至っていません。おそらく、今も捜索中かと思われます」
「その三人の情報は?」
「こちらに。支部の総隊長からお預かりいたしました」
封蝋にキルマージが触れると、ほのかに青く発光して封じの印が消える。執務机の引き出しからペーパーナイフを取り出して封を切れば、そこには三人の男達の名前と罪状と刑期が記されていた。最後に監視の失態を詫びる支部総隊長の謝罪も書き記されている。確かに失態ではあるが、隠さずに報告した事実も大きい。……幸いにも一番の懸念は拭われました。緊急性は高くないようですし、バルクライ様が帰還した際に判断を仰ぎましょうか。
「ご苦労様でした。この件は私から団長にご報告します。今日と明日はゆっくり休み、明後日からは通常の業務に戻ってください」
「はっ」
部下の退出を見届けたキルマージは報告書にもう一度目を落とすと、女性を思わせる美貌に副団長の冷徹さを滲ませた。暴動に一枚噛んでいるだろう相手は想像がつく。バルクライが切ったという男、フィーニスだ。
しかし、なんのために? そんな遠い場所で暴動を起こした所で国の中心部にはなんの損害にもならないはずだ。それは、男が執着を見せているモモやバルクライにも同じことだ。街で害獣が現れて騒ぎになったことを踏まえ、ルーガ騎士団本部はそれぞれの支部にもある通達を出していたから掴めた情報である。それも、キルマージが暴動に引っかかりを覚えたことから掘り下げて調べさせた結果だ。これでは、あまりにもやり方が回りくどく、正確さに欠けている。
「団長がいらっしゃらない間は、私がモモとルーガ騎士団を守らなければ」
キルマージは機密書類を執務机の引き出しにしまうと、鍵をかけた。重要度は低いが、バルクライが帰還するまでは厳重に管理する必要がある。……各隊の隊長から上がった書類もだいぶ片付きましたね。長時間同じ姿勢でいたために固まった背筋を伸ばしていると、昼の鐘が鳴った。同時に、低い位置でのノック音がする。キルマージは顔を綻ばせて椅子から立ち上がると扉に向かう。
「モモです!」
「どうぞ」
「失礼し、ふおぅっ!?」
「ふふっ、ちょうどいいのでお昼にしましょうか。ルーガ騎士団の食事は美味しいですからね。あなたも一緒にどうぞ」
目の前に立っていたキルマージに、モモは顔全体で驚いてくれる。予想通りの反応に小さく笑うと、キルマージは幼女の護衛であるジャックに目を向けた。その言葉に自分の顔を指差しながら、ジャックが聞き返す。
「え? オレも、いいんですか?」
「モモはお手伝いとしてルーガ騎士団の副師団長である私に雇われているので、所属がルーガ騎士団となりますから食事を取る分には問題になりませんし、あなたの分はバルクライ様がお持ちになられるそうですよ」
「旦那はそこまで手を回してくれてたんですか……」
「あの方から護衛としての信頼を得たということですよ」
「受けたからには仕事はこなしますよ。いや、仕事というのをなしにしても、こんな幼い子を狙う悪人を見過ごすほど腐っちゃいないって話です。それに、この子になにかあったら、レリーナさんにまたぶっ飛ばされるかも。いや、それも悪くないですけど!」
大の男が頬を染めて照れている様子に、キルマージは無言を貫いた。外見が熊を思わせる屈強な男にそんな表情をされても、不気味としか言いようがない。……なるほど。レリーナに惚れているから雇ったというバルクライ様のお言葉通りのようですね。
「キルマ副団長?」
「休憩時間ですからいつも通りで結構ですよ。モモもお腹が空いたでしょう? さぁ、行きましょうね」
不思議そうに瞬いているモモに、思考を切り替えて答えながらキルマージは扉を出る。害獣討伐という大任に出ているバルクライとカイには申し訳ないが、忙しさで会えなかった分、モモを可愛がれる機会は逃さないつもりだ。




