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20、モモ、夜が怖くなる~シーツを被るとちょっぴり心が強くなれるよ!~

 うーん、すごく濃い一日だったなぁ。桃子は最初に目を覚ました客室のベッドによじ登りながら、自分の身に起きた不思議で刺激的な出来事を思い出していた。


 バル様達に出会ったこと、検査したこと、誘拐されかけたこと、そして様々なシーンで拝んだ眼福の数々。ありがとうございました。それにしても……眠い。


 異世界に来て、一番驚いたのは魔法や精霊の存在だろう。明日になればもっと詳しく知ることが出来る。それを考えるだけでわくわしてきた。興奮したら寝れなくなるね。煩悩よ、去れ! 自分に活を入れてみる。わたしはやれば出来る子です。


「お部屋の電気はレリーナさんが消してくれたし、早く寝ないとね」


 電気の代わりに魔法石を使って部屋を明るくするらしい。天井に魔法陣が描かれているのだが、石に手を翳すと、そこから柔らかな光が生まれて、天井の魔法陣に飛んでいくのだ。面白い仕組みに桃子は楽しくなった。


 ちなみにトイレにも洗面所にもそれがあり、壁の一部に設置された魔法石に手を翳すことで魔法陣から水が出る仕様になっているようだった。桃子もトイレでセージを初めて使ったが、感動した。だって初めての魔法だよ? 使ったのがトイレってことに残念さがあったけれども。


 セージの量が少ない桃子にとって幸いだったのは、魔法石のおかげで普通に生活出来そうなことだった。実際に使用しても、特に体の不調は感じなかった。


『だが、多用は厳禁だ。幼児になっている理由もわかっていない。今は出来るだけ周りを頼れ』


 バル様の言である。周囲に心配させている状況は申し訳ないけれど、桃子は正直嬉しかった。誰かに心配されることなんて、今までほとんどなかったから。それが普通で生きて来たのにね。この世界で今日出会った人達は、ほとんどの人が見ず知らずの桃子に優しくしてくれた。


「幸せだなぁ。だけど、ちょっと怖いね……」


 優しさを向けられることに慣れてしまった時が、少しだけ怖かった。いつか、両親と同じように周囲に背を向けられた時、それを仕方ないと諦められるだろうか。同じように平気になれるだろうか。桃子は自分でもわからなかった。


 ……って、なんかシリアスしちゃった。桃子はころりとうつ伏せになってぐりぐりと額をベッドに擦り付けた。なんか恥ずかしい。誰も見てないよね? 


 そろりと頭を動かしてドアの方に視線を向けると、しっかり閉まっていた。ほっ。安心したけど、余計眠れなくなったね。部屋の中がシーンと音もなく暗いのも、寂しくてちょっとだけ怖い。家ではいつも一人で寝てたのに、おかしいなぁ。


 ベッドの上で縦横無尽に転がってみる。上に参ります。下に参ります。斜めに参ります。……駄目だぁ、寝れない!


 ガバッと起き上がってベッドから飛び降りると、桃子は必死に背伸びしてドアノブに手を伸ばす。飛び跳ねてしがみ付くように回すと、ドアが開いた。やった!自由だっ!


 ドアの隙間から廊下をそろっと覗いてみると薄暗い。それを怖がる五歳児精神を奮い立たせて、桃子はベッドからシーツを拝借して、頭からかぶって装備した。頑丈さはないけれど、心は守れそうな気がする。


 そしてソロソロと廊下に出て行く。誰か起きてないかなぁ? 自分の足音さえ怖くて、早足になりながら人気を求めてうろつく。うろうろうろうろ。人気、なし! そうだよね、皆もう寝てるよね。


 寝る前に、三人に一緒に寝るかと誘われたのを、大丈夫だよって断らなきゃよかった。十六歳だからね! そう胸を張った自分に、全然大丈夫じゃないよって訴えたい。  


 そびえ立つ階段の前に立ったものの、小さな桃子が昇るには段差が厳しそうだ。十分気をつけないと転がり落ちそう。うーむ、これは挑戦してみるべきか。諦めて部屋に戻るべきか。


「モモ」


 びくぅと身体が跳ねて、尻もちをつきそうになったら、誰かに抱っこされた。あぶ、危なかった! 思わず固い胸板に縋りつくと、頭を撫でられた。見上げれば、バル様だ。気配もなかったから本当にびっくりした。いつの間に近づいたの?


「階段には一人で近づくな。危ない」


「うん、もうしないよ」


「それがいい。どうして廊下に出ていたんだ?」


「……真っ暗な部屋に一人だったから、ちょっと怖くなっちゃって……」


 恥ずかしい告白だね。十六歳なのに夜を怖がってるなんて。だけど、嘘は言えないから正直に伝える。ごめんね、そんなことを怖がってて。 


「あのね、十六歳の時は怖くなんてなかったんだよ? だけど、なんか今日は……」


 五歳児の精神のせいだけではない。なぜか、桃子自身も怖かったのだ。原因に心当たりはないけれど。ほんと、なんでだろう?


「それなら、オレの部屋に来るか?」


「えっ、いいの?」


「問題ない。そのまましがみ付いていろ」


 バル様が足音も立てずに階段を上がり出した。周囲を気遣っているのだろう。静かにしないと、皆起きちゃうもんね。一番奥の部屋がバル様の自室だったようだ。扉の色は重厚な黒だ。他の部屋は茶色だったから、バル様の好みなのかもしれない。


 片手で扉を開くと、明かりのついた広い室内は必要最低限のものしか置かれていなかった。桃子の部屋と同じくらいに大きなベッドと、仕事用の執務机と椅子。それから本棚。これだけだ。クローゼットさえもない。


「服はどこにあるの?」


「服? 衣装部屋だが」


「なるほど。専用部屋があるんだね」


「あぁ。寝間着に着替えるから、少し待っていてくれ」


 シーツに包まれた桃子はベッドに下ろされる。ふっかふかの広いベッドは桃子の部屋のものと同じくらいの広さがある。これも天蓋付きだ。これはこの世界の普通なのだろうか。


 バル様は洗面所らしき場所に消えると、すぐに着替えて戻って来た。黒い上下の手触りよさそうな寝間着だ。桃子は淡いピンクのワンピース状のものを身に着けているので。対比が白黒のようだ。


 ベッドがギシリと軋む。その音に、桃子はどきっとした。両手が伸ばされて、優しく抱きしめられた。胸元に引き寄せられると、耳にどくんどくんと脈打つバル様の鼓動が聞こえてくる。それはすごく安心する音だった。


「明かりはつけておくか?」


「……ううん。バル様が居てくれるから大丈夫」


「そうか。では、消すぞ」


 バル様が右手を上げると、明かりがふつりと消えた。少しすると目が慣れて、バル様の横顔がぼんやりと浮かんで見えた。静かな黒い目が細められる。


「目を閉じるといい。モモの眠りはオレが守ろう。ゆっくり眠れ」


 静かで低い美声が、バル様の身体を通してゆっくりと聞こえる。急に眠気がやってきた。夢も見ない深い眠りに引っ張られて、桃子の意識は沈んでいった。



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