196、モモ、一人遊びを考える~顔が赤くなるのは恋する人だけじゃないよ~前編
ルーガ騎士団の師団長執務室内では、へにゃりと困り顔の幼女が一人、師団長の執務机に向って話しかけていた。
「バルチョ様、なにしてようね?」
話しかけたお人形はバル様に似た雰囲気がある。きりっとした表情がカワカッコイイ。しーんとしたこのお部屋にこそ、桃子が困っている理由があった。本来ならお仕事をしているはずの執務室ではね、現在寝息が2つに増えているのです! キルマが寝ている間にジャックさんの肩も揉んであげてたんだけど、新しく桃子の護衛を始めたために疲れていたのか、こちらも僅か五分ほどで寝入ってしまったのだ。
羨ましいほど寝つきが良いね。かくんと落ちてる首の角度が危険な気がするけど、苦しくない? 心配しながらも、室内にぽつんと残されている桃子は、残りの十分間なにをしてようか考えていたのである。……一緒に異世界しりとりでもしてる? ぽちっとした可愛い目のバルチョ様を誘う。破ってはいけないルールはただ一つ! この世界にないものと、モモが知らないものは言わないこと。例えば、車とかは駄目ってこと。じゃあ、しりとりの、り、からね!
「り、り……リジー?」
と、人名から始めたところで、コンコンっとノック音がした。誰かなぁ? バル様の執務机の影からそっと顔を出して扉を見ようとした瞬間、すやすやと寝入っていた二人の頭がばっと上がった。こわっ!! すごい動きしてたけど首は無事!?
「ケティです。書類を持ってきました」
「え、えぇ、どうぞ。──すみませんでした、モモ。あまりに気持ちよくて眠ってしまったのですね」
「面目ない! 護衛なのにオレまで寝落ちしちまうとは。モモちゃん、本当に肩揉みが上手いなぁ。お金を払ってもいいレベルだと思うぞ」
ジャックさんが両手を合わせて謝っている中、うっすら顔を赤くした女の人が入ってきた。この人見たことある……はっ、ぷるぷるさんだ! 確か、ルーガ騎士団の部隊隊長の1人だ。桃子とジャックさんのやり取りを不思議そうに見ながら、キルマに書類を差し出している。
「確かに受け取りました。見回りご苦労様です。あなたは仕事をきっちりしてくれるので、こちらも助かりますよ。次の見回りはトーマの部隊でしたね。引き継ぎはどうなっていますか?」
「これから向かいます」
「そうですか。それでは、この子を一緒に連れて行って下さい。──モモにお仕事をお願いしてもいいですか?」
「はいっ!」
いい子の返事をすると、内巻きにちょこっとカールした髪が可愛くてよく似合うねぇって、しげしげ見てたお姉さんの前に立つ。ばちっと目が合ってかぁーっと音がしそうな勢いで赤面される。恥ずかしがり屋さんなのかな?
「彼女とは面識がありましたね? 6番部隊のケティ・キオリア隊長ですよ。さっそくですが、モモにはトーマから私への書類を受け取ってもらいたいのです。提出物と言えば伝わるはずですからね」
「わかりました! ケティ隊長さん、今日からキルマ副団長のお手伝いをさせてもらうモモです。よろしくおねがいします」
ご挨拶スマイルをフラッシュさせると、ケティ隊長さんに目を丸くされた。動きがなんとなくぎくしゃくしてるから、怖くないよー、ただの桃子だよーと、脅える小動物の警戒心をほぐすようにちょっとずつ近づいてみる。てく、てく、てててっ。はいっ、捕まえたー! 団服のズボンの裾をきゅっと握らせてもらう。これで迷子の心配は消えたねぇ。安心しながら見上げたら、ケティ隊長さんに真っ赤な顔でぷるぷるされた。
「か……っ!!」
「か?」
「いえっ、こ、こちらこそ。普通に、ケティでいいよ……?」
「はい、じゃあ、ケティさんって呼ばせてもらいますね」
途中で止められちゃうと、続きが気になる! か、カ、蚊? ……カマス? 骨が多いお魚だけどとっても美味しい。って、そうじゃなかった。これじゃあ、しりとりだし、しかも負けちゃった。自然と始まっていたゲームを止めて、桃子は頭の中でカマスの文字に赤い×をつけた。うーむ、謎が解けない!
「ケティ、トーマの所までモモのことを頼みますね」
「は、はい。それでは、失礼します」
「行ってきます!」
ケティさんと一緒に挨拶すると桃子は執務室を出た。後ろからジャックさんが付いて来てくれるので、3人で廊下を歩いて行く。討伐に出ている団員さんが多いから、いつもより人が少なめだ。漏れ聞こえる音も小さくて、しんみりしちゃう。