195、モモ、摩擦を気にする~異世界に履歴書があったら特技に肩もみって書きたいの~後編
「バル様達がいないからお仕事が大変なの? 私もお手伝いするよ? 少しでもキルマのお仕事が減るように頑張るからね!」
目元をなでなでして、気合いを入れて宣言すると、ぎゅうううっと抱きしめられた。熱いため息が桃子の肩を撫でる。ひょっ! 喉の奥で変な音が出ちゃった。
「はぁ……団長と補佐がいないと……手直しの指示も私が出さねばなりませんからね……女っタラシではありますが……カイも居ないよりは居た方がマシです……」
「そうなんだ? バル様とキルマの分のお仕事も一人でするのは大変だよねぇ。それじゃあ、お仕事を始める前にキルマの肩を揉んであげる! はい、こっちに座って?」
疲れてるからなのか、幼馴染の気やすさからなのか、キルマはカイに辛口だ。でも最初にこっちにきちゃった時も、大根おろしのように扱き下ろしてたような記憶が……いつもと一緒? きっと、親しさからのツンデレだね! カレーなら口から火を吹くレベルのツンだけど、いつかデレがくるかな? ちなみに私はカレーの味は甘口が好き。お家によって違うけど、私の家ではおばあちゃんがチョコレートを少し隠し味に入れてたんだよねぇ。
以前、カレーの隠し味の話を友達とした時にびっくりしたことがあったのを思い出す。コーヒーを入れてるって子とソーセージを入れるって子がいたんだよ! それで皆して、カレーって奥が深い料理なんだねぇってことで話しがまとまった。香辛料があればカレーって作れるらしいから、いつかバル様達にも美味しいカレーを食べさせてあげたいなぁ。
大きな鍋を掻きまわす自分とスプーンを握っている3人を想像しながら、桃子はキルマの手を引いて椅子に座らせる。そして背後にとととっと小走りで周って、バル様より狭い肩に背伸びをしながら両手を乗せた。おばあちゃんの肩をマッサージして鍛えた腕の見せどころである。桃子はさっそく両手に力を入れ──ゴリッ。か、固ぁ!? キルマの肩にボスがいる!? 無言で戦慄した桃子に、キルマがのんびりと声をかけてくる。
「私の肩凝ってますか? 以前は重い自覚がありましたが今はあまり感じないですよ。ですから、てっきり治ったのだとばかり」
「すんごく凝ってるよ!? それ、たぶん凝り過ぎてわかんなくなってるんだと思う。少しずつ解すようにマッサージしてみるね」
桃子はせっせと両手を動かしていく。書類仕事が多いせいじゃないかなぁ、首回りと肩と背中がすんごい固い。そこに体重をかけて指圧する。行くぞ! ボスを打ち倒すのだー! 勇者桃子は剣の代わりに両手を使ってキルマの肩のボスに挑む。
「あぁ……っ、モモ、上手ですね。とても気持ちいいですよ……」
「ん! おばあちゃんの! 肩を! いっぱい! 揉んでたから!」
「あー、そこですそこ」
「ここ?」
「そうですそうです。はぁ……気持良くて眠ってしまいそうですよ」
ぐっぐっと力を込めて手を動かしていると、キルマが気持ちが良い時に自然と出ちゃう気が抜けるような声を出した。その声にやる気を出して、桃子がボスと戦い続けていると、キルマの凝り固まっていた肩も徐々にほぐれてきた。指に伝わる感触が変わっていく。ふぃーっ、強敵だなぁ。ボスのHPゲージ半分くらいは減った? さっきからキルマが項垂れるように首を下げてるから、今度は首回りに手を移動させてみる。
その時、扉のすぐ傍に立っていたワイルドな護衛さんがなにかに気付いた様子で足音を忍ばせて寄って来た。桃子が、なぁに? って目で尋ねると、ワイルドな見た目に純情な心を隠してるジャックさんは、ひそりと囁いてくれる。
「モモちゃん、その人寝ちゃってるよ」
「えっ?」
手を止めて横から顔を覗き込むと、その言葉通りキルマは目を閉じて、静かに呼吸を深くしていた。あらら……よっぽど疲れてたんだねぇ。でも、お仕事はどうしよう? このまま寝かせてあげたいけど、それだと本人も桃子も困ったことになる。私、このままだと給料泥棒って言われちゃうかも!?
「どうする、モモちゃん」
「ほんの少しだけでいいから、休ませてあげよう。十五分……えっと鐘半々分くらい眠れば頭もすっきりするはずだし、きっとお仕事の効率も上がるよ。そうしたら、キルマなら少しの遅れなんてあっという間に取り戻しちゃうと思うの。バル様が副団長に選んだ人だもん。きっと、たぶん、おそらく、大丈夫な、はず!」
「歯切れが悪すぎて不安な要素しかないなぁ。まぁ、そのくらいならいいか。オレは専属護衛ではあっても教育係じゃないからさ、今回はモモちゃんの望むようにしよう。その美人が疲れてるのは本当だもんな」
にかっと笑顔を浮かべて、お子様桃子の意見を受け入れてくれるジャックさんに、桃子はありがとうの意味を乗せて男らしく大きな手を引いた。いいことを思いついたのだ。キルマが休んでる間に、お礼の気持ちを込めてジャックさんの肩も揉んであげよう。お子様マッサージ店、オープン!