193、モモ、プチ騒動を起こす~急いでてもご飯はゆっくり噛んで食べるべし~
桃子はパンをむぐむぐと食べながら朝のプチ騒動を思い出していた。朝食と服の準備をしてお部屋に来てくれたレリーナさん達はそれはもう驚いたそうだ。そりゃそうだよねぇ、ベッドで寝てるはずの子が床に倒れてるんだもん。棚に寄りかかってたのに、いつの間にか床に転がってたのは私の寝相が原因? よく頭を打たなかったなぁ。しかも、バルチョ様を抱きしめてたおかげで風邪も引かずにすんだんだよ。
だけど、メイドさんの一人は驚いたはずみでスープをひっくり返しちゃったんだよねぇ。そのガシャーンって音で桃子も飛び起きることになったのである。レリーナさんには具合が悪いのかと心配させちゃったし、護衛のお兄さん達も「曲者か!?」って勢いで室内に飛び込んでくるし、爽やかな朝に不似合いな騒動を引き起こしちゃった。反省してます。
「私共の勘違いでようございました。モモ様が倒れているのかと思い、心臓が止まりそうになりましたよ。ベッドはお気に召しませんでしたか? 気になるところがおありでしたらお直し致します」
「ううん! 豪華過ぎるお部屋だと思うけど可愛くて気に入ってるよ! そうじゃなくてあの、バル様が居ないからちょっぴり早めに起きちゃったの。だけどオルゴールを聞いてたら眠くなってきちゃって……騒がせちゃってごめんね?」
「そうでしたか。モモ様が少しでも気持ちよくお眠りになられたのでしたらいいのです。しかし、風邪をひいてはいけませんから今度はベッドにお入りくださいね。私共もお城でモモ様にお仕えすることに浮足立っていた部分がございました。今後は気を引き締めて参ります。食器を割り、モモ様のお部屋を汚してしまったことを、本人からもお詫びを申し上げますので、どうかお許しくださいませ」
「本当に申し訳ございません!」
メイドのお姉さんが泣きそうな顔で頭を下げるので、桃子は慌てて首を横に振る。
「謝らなくていいよ。私のせいでびっくりさせちゃったんだもん。それよりも、割れちゃった食器のことをお城の人に怒られなかった? すんごいお値段請求されてない?」
こっそりと心配していたことを尋ねると、レリーナさんもジャックさんもおかしそうに笑い出す。
「まぁ、モモ様ったら」
「そりゃ心配にもなるか。見るからに高級品だものなぁ」
桃子はこくこくと頷く。そうなの! お皿1枚とっても模様が彫られていたり形が個性的だったりするんだもん。鑑定眼を持ってなくてもなんとなく感じるお高い匂いがしてるよ。
「だから弁償しなきゃいけないなら大変だし、私も一緒にしようと思って……」
「ご心配いただいてありがとうございます。大丈夫ですよ。そのようなお話はございませんでしたから」
「ここはバルクライ様のお屋敷ではございません。ですから普段より更に私達使用人も団結が必要です。お互いの失敗を助け合うように数人で仕事をするように体制を取りましょう」
レリーナさんの意見にメイドさん達が真剣な顔で頷いている。えぇっと、つまりこういうことかな?
「お皿が飛んでもキャッチする人がいれば割れないよってこと?」
「うふふっ、その通りでございます! お互いに助け合えば失敗は形にはなりませんもの」
「オレも協力するよ。侍女の皆さんも遠慮なくなんでも気軽に声をかけてくれよな。その、もちろん、レリーナさんも」
おぉ、照れは抜けないけど、ジャックさんの敬語が取れてる! レリーナさんとおしゃべりしてちょっぴり距離が狭まったのかな? レリーナさんは変わりない様子だ。相変わらずクールに受け止めてるねぇ。
「えぇ。お願いしますね。それではモモ様、本日はどの様にお過ごしになられますか?」
「ご飯食べたらルーガ騎士団に行きたいの」
「わかりました。馬車のご用意をいたしましょう。」
レリーナさんが部屋の隅に控えていたメイドのお姉さんに指示を出しているのを見て、桃子はハムエッグを食べるスピードをアップした。待たせちゃいけないからね、急いで食べなくちゃ!
「モモちゃん、そんなに詰め込んだら喉詰まらせちゃうぞ?」
「ほっほ、待っふぇふぇえ! ……んぐぅっ!?」
「モモ様!?」
「だぁーっ、ほらっ! 水っ、水飲んで!」
すかさず差し出されたお水の入ったコップを、桃子は慌ててぐびぐびと煽る。イッキイッキ! 頭の中でかけ声が聞こえた気がした。ようやく喉に詰まっていたハムエッグがお腹に収まる。はぁー、焦ったよぅ。
「はぁはぁ。びっくり」
「もう苦しくはございませんか?」
「うん、お騒がせしました」
「さすがに焦ったぞ。あのな、オレ達はモモちゃんを守ったり手助けすることが仕事なんだよ。だから、待たせることなんて気にしないでいいんだ」
「ジャックさんのおっしゃる通りでございますよ! お仕事も逃げませんから、慌てずお食事をしてくださいませ」
「……ご飯はゆっくり食べるの」
ジャックさんとレリーナさんに心配顔で窘められて、桃子は恥ずかしく思いながらも小さな声で返事を返した。