191、モモ、早起きする~名前を付けるなら覚えやすいものと言いやすいものがいいかなぁ~前編
ころんと寝返りを打って目が覚めた。桃子は隣にいる保護者様に良く似たお人形に、寝ぼけ眼で挨拶をする。
「おはよー、バルチョさま……」
バル様を模して作られたお人形の名前はバルチョ様に決めた。バル様とその役職である師団長から取って名付けたものである。ちなみに名前の候補の中には、団長、隊長、チビバル様 ハル様、クライ様っていうのもあったよ! 最終的にバル団長を略したバルチョ様になったの。本人にはすぐバレちゃいそうだけどね。ちょっぴり気恥ずかしいものがあるけど、可愛い名前だと思ってます!
昨日は慌ただしい1日だった。バル様達を見送って、ミラと王妃様とお茶会をして、お部屋まで案内してもらったら、夕方まではお散歩してお部屋の周辺を確認した。その後はお夕飯に呼ばれて、王妃様と一緒に食べた。王妃様と二人っきりだったけど、とっても楽しかった。なんでも、いつも王様達とは別に食べてるんだって。それだけお仕事が忙しいんだろうけど、それぞれのお部屋でご飯を食べるのって寂しくないのかなぁ?
もし機会があったら、王様とバル様のお兄さんも誘って皆でご飯を食べれたらいいね。王様が相手だと緊張しちゃいそうだけど。バル様のお父さんだもん、きっと、そんなに怖い人じゃないはず! そんなわけで昨日はいつもより疲れちゃったから早めにベッドに入ったのだ。
桃子は目を擦りながらベッドから起き上がった。カーテンの隙間から零れる光から時刻が朝を迎えていることを知り、のそのそとベッドを下りてみる。窓際に近づいて、長いカーテンを少しだけ開いて外を覗くと、仁王立ちする兵士のお兄さん達の背中が見えた。コンコンとノックすると、お兄さん達がちらりと僅かに振りむく。下から見上げている桃子を見つけて、躊躇いがちにそっと扉が開かれた。
「……まだご起床のお時間には早いかと思われますが、どうなさいましたか?」
「今は鐘いくつですか?」
「加護者様、我々に敬語は不要です」
「ご、ごめんなさい……」
ぴりっとした口調がちょっと怖い。桃子は小さくなって謝った。加護者らしくないから、怒ったのかな? こんな子供の護衛なんかやってられるかぁっ! って、心の中のちゃぶ台をひっくりかえしてたり、する? 強面の眉間にうっすら寄った皺がお怒り具合を表しているようで、桃子はおっかなびっくり兵士のお兄さんを見上げた。
「……いえ。謝られる必要はございません。鐘は5つ目が鳴ったばかりですが、侍女か専属護衛をお呼びしましょうか?」
「いいえ、じゃなくて、ううん。大丈夫! えっと、お部屋で皆が起きるまで待ってるよ」
「……そうですか。なにかありましたらお声をかけてください。我々は引き続き、貴方様の身辺警護に当たります」
「ありがとう。お願い、するの……っ」
します、とうっかり言いかけたらジロリと目を向けられた。こあい。桃子はダッシュでベッドに戻ると、シーツに潜り込んでバルチョ様をぎゅっと抱きしめた。はぅぅっ、怒ってる! やっぱりあの人怒ってるよぅ! このお城では王様とか王妃様みたいに目上の人以外には敬語が禁止なんだね。間違えないように気をつけないと。
元の世界では年上の人には基本的に敬語を使ってたから意識しないと口から出ちゃうんだよねぇ。私もここでは加護者って立場をしっかり自覚してお行儀よくしてなきゃ。なによりもバル様に恥ずかしい思いはさせたくないもん! わかんないことはその都度、レリーナさんにしっかり聞くのがいいよね。
シーツの隙間からこそっと窓側を覗き見ると、閉じられたカーテンで外の様子は見れない。ほっ。桃子は安心してもう一度ベッドを抜け出す。ちょっと薄暗いけど朝日はもう昇ってるから明かりがなくても室内の様子は見える。桃子はバルチョ様を抱えたまま棚に行くと、キルマに貰った絵本を手に取る。表紙には剣を掲げた男の子が書かれていた。絵が可愛いねぇ。
「なになに、題名は……『始まりのルーガ』」
ルーガと言えばルーガ騎士団が一番聞き覚えがあるけど、なにか関係があるのかな? 桃子はさっそくページを開いてみた。