179、モモ、頼まれる~寂しいのを我慢するには元気の充電が必要なの~中編その二
メイドさん達の手を借りて、いつものようにまるっと洗ってもらってお風呂をすませた桃子は、久しぶりにバル様のベッドによじ登っていた。よいしょよいしょと両手両足を使って頂上まで辿り着くと、バンザイしてベッドにダイブする。
ぽよんと弾んで受け止められるのが楽しい。はぁー、気持ちいいねぇ。夕方だったけど、いただきますからおやすみまで一緒に居られることが嬉しくて、待ってるだけでも心がうきうきしてくるよね! まだかなー? まだかなー? 心の中の五歳児も身体を左右に揺らしながら待機中です!
「バル様となんのお話しをしようかなぁ? えっと、エマさんに貰った種を鉢に植えたことでしょ。それから、孤児院の子と遊んだことでしょ。ディーのお見舞いに行った時のこともあるね。それから、それから……」
指を折りながら数えていると片手じゃ足りなくなっちゃった。少し離れていただけなのに話したいことが次から次に出てくる。バル様は明日もお仕事だろうし、あんまりたくさん話しても寝るのが遅くなっちゃうよね。二個くらいならいいかな?
ベッドの上で右左にころころ転がりながら考えていると、洗面所の方で音がした。顔を上げれば、黒の寝間着姿のバル様が出てきた所だった。髪がしっとりしていて頬もいつもより赤みが差している。お風呂上がりは、バル様の色気が掛け算されちゃうから、見てるだけで顔がぽおっとなる。ほんと美形さんだねぇ。
バル様はベッドに腰を下ろすと、桃子を横に抱っこして膝に乗せてくれる。どうしたのかな? いつもはベッドの中でお話しするのに。そう思って見上げると、黒曜石のような目が僅かに細まった。
「モモ、大事な話がある。──3日後、大規模な害獣討伐任務が開始されることになった。オレもルーガ騎士団師団長として討伐に向かわねばならない。この国では、加護者は国王と一緒に討伐任務に向かう団員の無事を祈り、見送る役目が与えられている。モモが良ければ、オレ達を見送ってくれないか?」
「……うん」
桃子は小さく返事を返すと、バル様を見つめる。とうとう来てしまった。それが正直な気持ちだった。桃子の不安を打ち消そうとするように、あったかい胸元にそっと抱き寄せられて、頭を撫でられる。
「教えてくれ。モモはなにが不安なんだ? ディーカルの負った傷を気にしているのなら、心配いらない。今回の任務には不参加だが、ターニャには治りが早いと言われている。それともオレ達が怪我をする心配をしているのか?」
「害獣が街に出た時に怪我をした人がいたよね。だから、ちゃんとわかってたつもりでいたの。ここは私が生きてきた世界よりも危険が多い場所なんだって。だけど、本当は違ってた。あの時、ディーが死んじゃうかもしれないって思ったの。あんなに酷い怪我をした人を間近に見たことがなかったから、すんごく心臓がぎゅってした。バル様達が怪我したらやだよ。置いて逝っちゃ、やだ……」
バル様の胸元に縋りついて涙を堪える。胸が痛くて堪らない。この世界の人からすれば怪我をするのはよくあることで、桃子の気持ちは心配し過ぎだって思われるかもしれない。だけど、桃子にとっては違うのだ。
「モモが恐れているのは、周囲の人間の死か?」
「……おばあちゃん、私が十二歳の時に死んじゃったの。学校、この世界でいうと学園かな? そこから帰ってきたら庭におばあちゃんが倒れててね、急いでお医者さんのとこに運んでもらったんだけど、たった2晩で遠くに逝っちゃった。繋いでた手が、どんどん冷たくなっていくのが怖くて、心細くて、不安で……あんなに辛くて泣いたのは初めてだった」
「モモの母上と父上は一緒にいなかったのか?」
「遠くのお仕事に行ってたから間に合わなかったの。だから1人で見送ったよ。おばあちゃん、亡くなる前に一回だけ意識が戻ったんだ。苦しいはずなのに、私達のことを心配してた。「おばあちゃんは桃子のことをちゃんと見守ってるからね。お母さん達のことは許してあげて。桃子があんまりにもいい子だからお母さん達は甘えちゃってるんだよ」って。おばあちゃんがそう言ったから、私「わかったよ」って答えたの。だけど、そう答えるのがちょっとだけ辛かった」
「……頑張ったんだな」
「うん……っ。だけどね、だから怖いの。バル様達が居なくなるのは怖い。あんなに辛い思いをするのはもう嫌だよ」
真っ白な病院の廊下でひとりぼっちで待ち続けた、長く辛い夜。あの時の気持ちを忘れたことはない。心が壊れそうな不安を抱えて、たったひとりで夜を越したことは、桃子の心に深く傷を残していた。




