174、モモ、そぅーっと手を伸ばす~人の温もりって不安を優しくとかしてくれる~前編
「……失礼します?」
ルーガ騎士団本部の医務室の扉は全開に開かれていた。自由に入ってもいいよーってこと? モモは首を伸ばして顔だけ入室すると、きょろきょろと部屋の主、ターニャ先生を探した。けれど、その姿はどこにもない。代わりにデスクの奥に並ぶベッドで身体を起こした人がいた。
「ババァなら留守だぜ? おっ、チビスケじゃねぇか。久しぶりだな、元気にしてたか?」
「ディー! 良かった、意識が戻ったんだね!」
桃子はパタパタとベッドに走り寄る。ディーはクッションを背中に当てて楽な態勢をとっているようだった。まだ自力で身体を起こしているのは辛いのかもしれないね。シャツの間から見える包帯が痛々しいけど、昨日より顔色はいいみたい。目に見えた変化があって、桃子はほっとした。
「お前にまで情けねぇ姿を見られちまってたみたいだな」
「昨日ね、たまたまルーガ騎士団に来てたんだよ。そうしたら、ディーが運ばれてきたからびっくりしちゃった。あの、これ、お見舞いのお花なの。それで、怪我は大丈夫? 痛くない?」
「おお。ほとんど痛くねぇし、今は平気だ。それでわざわざ見舞いに来てくれたのか、ありがとよ。酒はもらったことがあるが、オレに花を寄こしたのはモモが初めてだぜ」
「嫌だった?」
「いんや、なかなかねぇ体験でわりと面白れぇわ」
「私が花瓶を探して生けて来ましょう。どうぞモモ様は4番隊長様とお話しをしていてくださいませ」
「悪いな、姉ちゃん」
レリーナさんが気を利かせてそう言ってくれた。桃子が渡した小さな花束をディーから受け取ると、医務室を出て行く。負傷していてもディーがいるからこの場を離れても桃子は安全だと判断したのだろう。
「あの姉ちゃんはモモに付いてんのか?」
「うん。元はバル様のお屋敷のメイドさんでね、戦えるから護衛としてバル様が付けてくれたの。ディーの怪我は神官さんに治してもらえないの?」
「普通の怪我なら良かったんだがなぁ。オレは肋骨が折れちまったから出来ねぇんだよ。変なくっつき方しちまうと、今度はわざと折らなきゃいけなくなるから面倒臭せぇんだわ」
「折れちゃってるの!? それじゃあ馬に乗って帰ってくるのは、すんごく痛かったんじゃない?」
「そりゃあな。揺れる度に激痛だったわ。オレもいろいろ怪我はしてきたが、今回の奴が一番きつかったぜ。痛み止め飲んでも痛すぎて効きが悪くてよぉ。まさに悪夢の行軍って奴だ」
「うぅぅ、私も痛くなりそうだよぅ。本当に大変だったんだね。今は大丈夫?」
「あのババァは口煩いが腕は確かだからな。後は酒があれば文句ねぇんだけどよ。酒さえ飲んでりゃ、オレなら3日で治っちまうかもな」
話を聞いてる側が痛くなってきそうな大けがを負ったのに、上機嫌で軽口を叩くディーは至って元気な様子だ。心配で縮こまっていた心が優しくとけていく。笑ってるディーカルの元気そうな姿を確認出来たことが、桃子にはとても嬉しかった。
だから、最後の確認を兼ねて、意を決す。恥ずかしいけど、これを確認しないと最後の心配が消えて行かないのだ。だから、そぅーっと手を伸ばして、お腹の上にあるディーカルの大きな手にちょこっと触る。──暖かい。生きてる人の温もりがじんわり伝わってきて、鼻の奥がつんとする。滲みかけた涙を我慢していると、バル様ともカイやキルマとも違う、大きくて乾いた手が柔らかく桃子の小さな手を包んだ。
「どうした、チビスケ。お前の方が元気ないな? 団長と喧嘩でもしたか?」
「ううん、してないの。……ディーは生きてるね」
「こんな怪我でくたばるほど4番隊長の看板は軽くねぇぜ。それに、団長の看板はもっと重いはずだ。まぁ、今回はな、オレがすげぇ不運だったってだけだ。こんなもんすぐに治してやるさ」




