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172、ディーカル、運の悪さを発揮する 後編

「隊長、そいつ変異体イールです!」


「おい、冗談だろ!?」


 熊型ベアルクの身体が大きく膨らんでいく。茶色の毛が目元から赤黒く変化して、一際濁った鳴声と共にイールへと完全変態を遂げた。滅多に現れない相手を引き当ててしまったようだ。ディーカルは異様な雰囲気を醸し出す害獣の出方を探るように目を尖らせる。それを身動きが取れないと取ったのか、リキットが団員に援護を指示する。


「害獣の両腕と残りの目を矢で封じてください! 後は剣で一斉に討伐にかかりましょう!」


「……違う。奴の狙いはオレじゃねぇっ!」


 赤い眼球が動いた瞬間、ディーカルは警告した。だがその声は一呼吸分遅かった。ガゥアアアアッ! 咆哮しながら熊が弓部隊に向かって爪を振り上げて突進していく。木々を粉砕して土埃を立てながらあっと言う間に距離を詰める。スピードも力も桁違いだ。


 ディーカルはとっさに部下たちの前に出た。剣で巨大な爪を受け止めたものの、力負けして下がる。……このままじゃ、剣の方が持たねぇ! ディーカルが内心臍を噛んだ時、ピキリッと剣に亀裂が入る。やはり、イールからの打撃に剣の耐久力が限界を迎えているのだ。


「野郎っ、矢尻を脳天にぶちこんでやる!!」


「行くぞっ、隊長をお助けするんだ!!」


「く、そ……っ」


 団員の一人が弓を構え、矢を放つ。異変に気付いて周囲から駆け寄る団員達が一斉に攻撃に転じようとした瞬間、熊が大きく口を開く。そこから熱風と炎を感じて、ディーカルは咄嗟に叫んだ。


「退避しろぉぉぉぉっ!」


「ディーカル隊長っ!?」


 怒鳴るような号令に、団員達の身体が意識せずに反応して飛び退る。バキリッと剣が折れたのと、熊の口から燃え盛る炎が轟轟と飛び出したのはほとんど同時だった。


「ぐあああっ!!」


 巨大な右前足に押し潰されたディーカルは胸部に深い爪傷を負う。ちくしょう、やられた! 激痛に荒い呼吸を吐きながら、幸いにも炎の直撃は免れた事実を知る。髪の一部を焼かれたのか焦げた匂いがしている。だが、ディーカルの叫びに気を取られたのか一瞬、熊の動きが鈍った。──奴を狩るのは今しかない!


「リキット!」


「4番部隊かかりなさいっ!!」


【はっ!!】

 

 ディーカルは激痛を堪えて副隊長を呼んだ。意味を察したリキットが隊に号令をかける。動揺していた団員達の表情が一変して、一糸乱れぬ動きで害獣を攻撃にかかった。害獣の顔を狙って矢が放たれる。仁王立ちすることで避けようとした害獣は、両腕を振り回して激しく威嚇している。更に矢を放ち、一歩、二歩と後ずさったその隙に、ディーカルは団員二人によって両脇を抱えられて救出された。


「隊長! 生きてますか!?」


「息は、してるぜ」


「さすが隊長! 意外とイケそうっすね!」


「はぁ、はぁ……なんか、へん、だ……くそっ、毒、か」


 胸の傷が黒ずみ、上げた手が意思に関係なく震える。傷が不自然に熱いことからも、毒が回り始めているのを感じる。だが、あの害獣の毒はそんなに強くないはずだ。せいぜい身体が痺れる程度のもの。しかし、害獣討伐前にこの状態は最悪過ぎる。……これが賭けの女神の呪いなら、今回ばっかはマジで恨むぜ。出血のせいか、あるいは毒のせいか、視界が歪む。力が入らずに膝をつくディーカルに団員達が慌て出す。


「大丈夫っすか、隊長!?」


「しっかりしてくださいっ」


 害獣と団員の戦いから十分距離を取った場所に下ろされると、ドォッ!! と大きな震動がした。あの害獣をとうとう倒したのだ。まだ暴れてはいるが、剣を手に団員が次々と切りかかっていく。喉を矢で射られている。これで炎は吐けないだろう。

 

 害獣の脅威は防がれた──そう思った時、馬の駆ける足音が遠くから聞こえてきた。まさか、新手かよ!? ディーカルは痺れる身体に鞭を打ち、部下に口を開こうとした。


「伝令! 伝令! ルーガ騎士団本部より4番隊に伝令です!」


「害獣の中にイールが出現する可能性ありとのこと! ……はっ!? えっ、い、一体なにが起こって!?」


 距離が近づき、ようやく4番隊がそのイールと戦闘中だとわかったのだろう。伝令係の2人の団員は馬上で狼狽えている様子だ。今一歩遅かった伝令に、ディーカルはすっかり脱力する。……今日はとことんツイてねぇな。


 後少し速ければ。ディーカルの傍に走り寄る足音がした。歪む視界の中に珍しく焦ったリキットの顔を見つけて、苦笑に口端を歪める。


「悪い。後、任せる、ぜ、副隊長」


「……っ。すぐに手当てをしましょう。お前は毒消しの薬と増血剤を持って来なさい! 飲ませたらお前達には隊長をルーガ騎士団本部に運んでもらいます!」


「了解っす!」


「持って来ます!」


「この距離です。馬で飛ばしても5日はかかるでしょう。……耐えられるか?」


「はっ、誰に、言って、る?」


「あんたが死んだら、あんたが隠してる秘蔵の酒を全部売り払って、その金で宴会してやるからなっ」


「そこは、飲まねぇの、かよ」


「死んだ後に飲まれるなら、あんた許すだろう? 僕に売り払われたくないなら、絶対に死ぬんじゃないぞ! 4番隊の隊長が死ぬなんて許さない!」


「相変わらず、くっそ、生意気な」


 リキットは恫喝するようにディーカルの襟を掴んだ。けれどその声も握っている手も微かに震えている。最高の嫌がらせでもって、こっちの命を繋ぎとめようとする部下に、ディーカルは息を荒げながら一つの命を下す。


「オレが、はぁ、居ない間は、お前が、4番隊の、頭だ。後のことは、任せた、ぜ」


「はい──全身全霊を持ってお受けします」


 リキットの目に宿った強い覚悟に、ディーカルは苦痛を堪えて口端を上げた。





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[一言] 2人の株がどんどん上がっていく…
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