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【2巻発売記念】 番外編 キルマージ、機嫌が上向く

「お出かけ先は異世界ですか?」2巻が本日発売しました。ささやかではありますが、発売記念ということで、今回も番外編のお届けです! 

ちなみに、コミカライズも連載がスタートしました。

書籍版の特典情報など、詳しいことは活動報告に載せていますので、ぜひご確認ください。



 キルマージはペンを置くと、眉間を人差し指と親指で摘まんでもむ。


「はぁーっ、さすがに疲れましたね」


「手元の書類はひとまず片付いたよな? 一息つこうぜ」


「ええ、そうしましょうか。私が紅茶を入れてきますよ」


「じゃあ、オレは執務机を片付けておくよ。そろそろ団長も戻ってくるだろ」


「お願いしますね」


 声が静かな執務室に落ちる。バルクライは席を外しているためこの場にはいないのだ。キルマージは大きく伸びをして、立ち上がる。


 執務机には確認済みの書類が積まれているが、その高さたるや、三十センチはあるだろうか。よくここまで片付けられたものですよ。まぁ、すぐにまた追加の書類が届くでしょうね。


 普段はここまで忙しくないのだが、害獣討伐に向けて仕事を前倒しで行っているため、普段よりも書類量が多い。そのせいで、なかなかモモに会えないのだ。キルマージはすっかり癒し不足である。あの小さくて温かな子を思う存分抱きしめたら、全身のダルさが消えそうな気がした。……はぁ、しばらくは無理ですけどね。


 キルマージはカイが窓を開けているのに背を向けて、執務室を出る。せめて気分転換でもしないと集中力が持ちません。食堂でお湯をいただきましょうか。


 そうして、疲れた頭を抱えながら階段を下って一階に降りると、マーリとばったり出会う。


「あら副団長、お疲れのようですわね。今から休憩ですか?」


「ええ、書類仕事がひと段落ついたのです。団長も補佐も忙しいので紅茶を入れてさしあげようかと」


「ふふ、でしたら今日は食堂にぴったりのものがありますわ」


「ぴったりなもの、ですか?」


「食堂にいけばわかります。それでは、私は団員達の鍛錬がありますので失礼いたしますわね」


 マーリはおっとりと微笑むと去っていく。キルマージはその反応を不思議に思いながらも、食堂に足を向けることにした。




 食堂に近づくと、もう昼も過ぎたというのにいつもより賑わっているようだ。笑い声や話し声が廊下まで届いている。キルマージが足を踏み入れると、甘い香りが鼻に届く。なんでしょう?


「あっ、副団長じゃないですか! この時間に食堂に来るなんて珍しいですね」


「もが!?」


「んぐがむがっ!」


 一人の団員に気づかれると、いっせいに振り返られた。口の中になにかを詰め込んだ団員達が慌てたように挨拶しようとしてくるので、キルマージは苦笑しながら手で制した。


「口の中のものをなくしてから話しなさい。そもそも、ここにいる団員は休憩時間でしょう? 私は紅茶を淹れに来ただけですから気にせずくつろいでいていいのですよ」


「ありがとうございます。ところで、副団長は菓子って食べますか? 今食堂の真ん中のテーブルにリンガパイが置いてあるんですけど、料理長が自由に食べていいって言ってました!」


「……それは嬉しいですね。せっかくですし、団長達の分もいただいていきましょうか」


 ちらりと奥のテーブルを見れば、テーブルを三つも繋いで大量のパイが置かれているのが見えた。キルマージは微笑みを顔に貼りつけて危機感を抱く。あの量を作れるということは、注文ミスしたのでは!? まだ知らせは届いていないが、そんな可能性が頭に浮かぶ。


 ルーガ騎士団の調理場を取り仕切るのは長年料理長を務めている男である。信用はしているが事情を確認した方がいいだろう。万が一、注文ミスで大量に仕入れてしまった場合は、今月の食費の予算が赤字になってしまう。もしそうであるのなら、いち早く対処しなければ不味い。忙しい時期だからこそ、問題は先送りに出来ないのだ。


 キルマージが調理場に向かうと、コック服を来た料理人が忙しそうに動き回っていた。しかし、こちらが声をかける前に料理長がいち早く気づく。


「おおっ、これは副団長殿、お疲れ様です。ご休憩ですかな?」


「紅茶を淹れようと思いましてね」


「お湯でしたら沸いたものがあるのですぐにご用意できますぞ。団長殿と補佐官殿の分もご入用で?」


「ええ。……ところで、あの大量のリンガパイはどうしたのですか?」


「運よく安くていいものを見つけたので、仕入れ量をいつもより増やしましてな。団員達から甘いものを食べたいという意見もあったので、作ってみたのです。副団長殿もよろしければ召し上がってください」


「なるほど。そういうことでしたら、遠慮なくいただきますね」


 リンガパイは予算内で収められているようだ。キルマージは無用な心配だったことに安堵する。ああっ、よかったです! 神官の同行数といい、頭の痛いことが多いですからね。少しでも団長の負担も減らしてさしあげねば。


 キルマージは憂いが消えて上機嫌に微笑む。用意してもらったお湯でティーポットとティーカップを温めて、紅茶を淹れていく。その動作も軽い。今日はストレートのままがよさそうですね。最後の一滴まで注いだら、砂糖はつけずにトレイに載せる。その時、背後に気配を感じて振り向くと、さっき声をかけてきた団員達がリンガパイを皿に盛って立っていた。


「副団長達も食べるって聞いたので、用意しました!」


「マジで美味いっスから、どうぞ」


「って、お前が作ったわけじゃないだろ!」


 些細なことではあるが、小さな親切が身に染みて目が潤みそうになる。……間違いなく、疲れていますね。こんなことで感動していては副団長として示しがつかない。


 キルマージは表情に出さずに、にっこりと微笑む。


「おや、親切にありがとうございます。あなた方も休んだら仕事に励むのですよ」


【はいっ!】


 三人から皿を受け取り、キルマージは心なしか疲れが軽くなるのを感じた。




 団長室にトレイを片手に戻れば、バルクライとカイが振り返る。なにやら書類片手に立ち話をしていたようだ。


「バルクライ様、カイ、いいものを手に入れましたよ。ティータイムにしましょうか」


「……タルトか」


「お前、なんかさっきより元気になってないか?」


「些細ですけど嬉しいことがありましてね。紅茶を飲みながらお話ししますよ」


「そうか。では、聞かせてもらおう」


 バルクライの言葉にキルマージは紅茶を執務机に置きながらゆったりと椅子に腰かけた。さて、どちらからお話ししましょう。私が勘違いしたことと、団員達の小さな気遣いと。

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