157、モモ、背筋を伸ばす~ピリピリ空気はのんびりイオンで中和したい~中編その三
ぎょっとしたような顔を向けられて、桃子はあれ? あれ? と動揺して周囲を見回す。ほとんど目を閉じていたフェナンさんまで、眠気が飛んだように瞬いているし、もしかして変なこと言っちゃってるのかな? 内心ちょっぴり不安に思いながらも、ここまで口に出しちゃったから、自己紹介を添えて自分の考えをそのまま伝えてみる。
「えっと、軍神ガデス様に加護を頂いてるモモです! このままお話ししちゃうけど、聞きたいのは、前の大神官は子供を攫って軍神様に仕立て上げようとするような人だったよ? ってこと。そんな人が大神官になれたのに、なんでおいちゃんが駄目なの?」
「モモちゃん、神官ってのは神と人の間を仲介する人間を指す。神に仕え、神を祀り、神の教えに従う、それが出来ることがまず大前提なんだ。大神官はそんな神官達を纏め上げ、神事を司る。オレは神官としては不真面目だし、仮に大神官に手を上げたところで、他の派閥を従えるだけの力はないだろうな」
「神官というお仕事については、なんとなくはわかったの。だけど、他の派閥の人達は街が襲われた時になにをしてくれたの? 助けようと動いてくれた人はいた?」
「それは…………」
「動いたのは僕達だけです。神殿は治癒魔法を使う時に許可が必要なので、勝手に使うことは許されていない。そして、それを盾にして動かないことを選ぶ者は圧倒的に多いのです。治癒魔法を神聖視し、自らを特別に優れた存在だと錯覚している貴族の神官もまた、残念なことに少なからず居ますから」
正直に神殿内部の状態を伝えてくれるタオの真摯な態度に、桃子は頷いた。
「そんな中で、おいちゃんやタオ、助けに来てくれた神官の人達だけが、自分も罰されるかもしれないのに治癒魔法を使ってくれた。それは、皆がおいちゃんの言うことならって、信じたからだよね?」
「うん、僕もそう思う。──ルイス様、僕はあなたを尊敬しています。欲に流されず、いつだって正しくあろうとしている。そんなあなたの言葉だったから、あの時、皆が動いたんです」
「だからって、おいちゃんに無理やり大神官を押し付ける気はないよ? おいちゃんが神様って存在に複雑な感情を持ってるのはなんとなくわかるよ。そこにどんな事情があるのか知らないけど、おいちゃんが大神官になりたくない理由が神様に仕えることだったら、考え方を変えればいいと思うの」
「どういうことだ?」
ルイスさんが不思議そうに首を傾げる。桃子は五歳児の頭を久しぶりにフル回転させながら、どう言えば伝わるのかを考えた。あんまり難しい話は頭バーンってなるからね、苦手なんだよぅ。
「うーんっと、あのね、これは話を聞いて私が勝手に思ったことなんだけど、神官の立場って簡単に言うと、人と神様を繋げる役割の人を指すんだよね? だから、大神官の立場も、言いかえれば神官の代表者であって、神様と国や人を繋げる役目の人。そう考えればいいんじゃないかなぁ?」
「なるほど、面白い発想です。物事の見方が一つ変わっただけで大神官という立場が随分と身近なものになりました。モモは頭がいいですねぇ」
キルマが褒めるように微笑んで、よしよしと頭を撫でてくれる。桃子はふにゃんと笑う。しっかり伝わってたようでひと安心だ。美人さんになでなでしてもらっちゃったよ。頭を使った甲斐があったね! ルイスさんは呆然としたように掠れた声で桃子の言葉を繰り返す。
「考え方を、変える……」
「ルイス、お前が立つなら今までいなかった類の珍しい大神官になるだろう。ルールを破れば罰を受けるのは当然のことだ。請負屋でも罰則はあるからな。けどそこに理由があるなら、減刑もあってしかるべきことだろ。神殿がもしお前に罰を下すというのなら、お前の行動で助けられた者達が神殿に不服の申し立てをするかもな?」
遠まわしだけど、ギャルタスさんが言ってるのは、神殿がルイスさんを罰するならこの国の人々がルイスさんの味方に回るということだ。請負屋の頭目の発言なら、影響力は強いんじゃないかな?
「……少し、考えさせてくれ。今はこれ以上の返事は返せん」
「それで十分さ」
ルイスさんは目を伏せて考え込むように口を噤むと椅子に戻った。そろそろとタオも腰を下ろしてるけど、その顔は心配そうに隣に向けられていた。そんな二人を励ますように、ギャルタスさんが爽やかに笑う。どこかで風鈴が鳴る音が聞こえそうだよ。桃子は右手を上げてはい! はい! と主張してみる。
「ギャルタスさん、街の人が動く時は私も仲間に入れてほしいの」
「モモ!」
「ひゃあっ」
バル様に強く呼ばれた。びくっと震えながら隣を見ると、バル様に真剣な表情で首を左右に振られた。……駄目ってこと? でも、どうして?
「モモ、お前は表立って神殿の人間に入れ込んではいけない。お前はもう、国王とは別格の力の所有者となった。モモがルイスやタオに入れ込む態度を見せれば、神殿内部の権力闘争はたちまち激化するだろう。それでは助けたいと望む彼等にも累が及ぶ可能性がある」