155、モモ、背筋を伸ばす~ピリピリ空気はのんびりイオンで中和したい~中編
「どうして逃げる? 顔を見たいんだが」
「バル様、からかうのよくない!」
「からかってはいない。なんと言えばいいのか……困ったな、上手い言葉が見つからない」
桃子はびっくりした。バル様も困ることってあるんだね。頭が良くて、とっても頼りになる人だから、なんでもすらすらこなしてしまう印象が強いのだ。でも、そうだよね。バル様だって私と同じ人間だもん。苦手なことだってあるのが当たり前だ。
バル様の表情に感情があまり出ないのは、とっても自制心が強い性格と、誰もが一度は味わうような心の動くような経験が少なく育ってきたせいなのかもしれない。だから、自分の気持ちを言葉にしようとすると途端に不器用になるのだろう。
「モモ?」
呼ばれて、桃子は伏せていたバル様の腹筋から少しだけ顔を上げてみる。片頬をつぶしてるから、傍から見るとちょっと間抜けな絵面かな? ふみまへん。無表情だけど、ほっとしたようにバル様の黒曜石の瞳がゆるりと撓む。目元がほんのり赤くなっているのが、可愛い。……カメラ! 今すぐカメラで激写したい! 眼福な一枚になるよ!
頭の中でタヌキな先生が指揮棒で黒板の文字を叩く。はーい、いいですか? 今日のおさらいです。【美形なお顔+色気+可愛い=最強】これ、次回のテストに出ますからね。桃子はいい子のお返事を心の中で返した。はーい、忘れません!! 格好いいのに可愛いって素敵だね!
「バル様は可愛いねぇ」
「……オレが、か?」
「うん。格好いいけど可愛いの」
「可愛いというのは、モモの方が似合うと思うが」
「じゃあ、二人とも可愛いでお揃いだねぇ」
こんなこと言われたら、口元が緩んじゃうよ! 桃子はムズムズするお口が我慢出来なくて、にへーと笑ってしまう。バル様にふんわり抱きしめられた。
「害獣の討伐が終われば休暇が出る。その時は、お互いのことをゆっくり話そう。オレもモモも、お互いがどんな生き方をしてきたのかを知らない。違う世界で育ってきたのだから、理解が難しいこともあるだろうが、足りないものは言葉で埋められる」
「うん、たくさんお話ししたいね。バル様がお屋敷に帰ってこないのは寂しいけど、我慢するよ。待ってるから、ちゃんと帰ってきてね」
甘えるようにぎゅーっとお腹にしがみ付いたら、バル様がよしよししてくれた。嬉しくて、気持ちがふわふわする。最後にぽんっとされて大きな手が離れていくと、ちょうど請負屋さんの前に来ていた。あっと言う間についちゃったね。ちょっと残念。
バル様は馬から降りると、手綱を引いて請負屋の細い横道を通り、馬置き場に手綱を縛りつける。そうして、桃子を軽々と抱っこしてそのまま歩き出す。あれ? 今気付いたけど、今日の私って、ほとんど自分の足で歩いてない?
「バル様、私歩くよ?」
「だっこは飽きたか?」
「ううん。ちっとも飽きてないし、とっても幸せなんだけどね、バル様疲れない?」
「このくらいでは疲れない。……オレは今日も屋敷には帰れん。だから、もう少しこのままでいてくれ」
淡々とした口調だけど、実はお疲れ気味? ずっとお仕事で忙しそうだもんね。バル様がいいならいいよねと、桃子はこっくりと頷く。バル様が歩き出す。細道を出て、請負屋さんに入っていく。すんごく目立ってます。視線があっちこっちから飛んでくるけど、バル様は気にした様子もなく周囲に首を巡らせている。
「団長、モモ! 私はこちらです」
「あぁ、やはりお前の方が先に着いていたか、キルマ」
「えぇ。と言っても僅かばかりですよ。モモも正装ですか。とても可愛らしいドレス姿ですね。このままルーガ騎士団まで連れて行きたいくらいです」
「レリーナさん達が頑張ってくれたの。本当はね、動きやすい恰好が好きだから、ドレスはちょっぴり苦手。だけど、キルマに褒められちゃったから頑張っちゃうよ!」
キルマにきゅっきゅっと小さくなった手を揉まれながら、桃子は答える。気のせいか、花が飛んでる気がするけど、やっぱりキルマもお疲れなのかな? 気のすむまでどうぞと手を揉まれたままでいると、お姉さんが奥からやってくる。
「あの、ルーガ騎士団師団長様と副師団長様、並びに加護者様ですね。会議室までご案内いたします」
「あぁ、頼む」
バル様が答えると、女の人は頬を染めながら先導してくれる。その様子になんとなく胸がちりっとした。お花屋さんでもバル様に熱視線を送ってる人いたよね。うーん、私お餅を焼いちゃってる? 美味しくないお餅はよくないね!