151、モモ、さすってもらう~緊張した時に日常の切れ端を見つけると、ちょっぴり安心するよ~後編
「さて、バルクライ、報告せよ」
「はっ。昨日、害獣による襲撃を受けましたが、請負人とルーガ騎士団、そしてモモの声に応えた軍神の助力を受け、全ての討伐が完了。現在は破壊された商店や害獣の死骸の後始末に当たっています。また、今回の件を受け、今期の討伐は通常よりも危険が大きいと判断。情報の共有の為に、現在偵察部隊として動いている隊には伝令を走らせました」
「ほぅ、お前から見てそれほどに危険か?」
「はい。害獣を街に放った男はフィーニスと名乗りました。神の座より堕ちた悪しき存在と軍神が呼ぶほどの相手です。幸いにも彼の神はモモに力を貸して下さるとおっしゃいました。しかし、フィーニスが不可思議な力を使い害獣を凶暴化させた事実や、人の世に苦しみを与えることに悦楽を感じている様子があることから、来月の害獣討伐時にも密かに毒を振りまく可能性があるかと」
「なるほど。それほどに危険な男ならば害獣討伐には万全の態勢を整えねばなるまい。同盟国にも影響があるやもしれぬな」
「親書を送ってはどうだ? カローン街で起こったことはいずれ人の口から伝わり他国も知ることになるだろう。不確かなことが人伝てに伝わるくらいならば先手を打ち、害獣に凶暴化の傾向ありと警告してやればいい。我が故国、ルクルクにもぜひ知らせてやりたいぞ」
「ふん……恩を売るのも一興か。よかろう。我が国と同盟関係にある国、ルクルク国、アガン獣人国、サナンクオ諸国にはすぐに親書を出す。その他の同盟国には三日遅らせて出せ。よいな宰相」
「はい、陛下。仰せのままに」
柔和なお顔のおじさんが深く頭を下げた。四十代後半くらい。保育園の園長先生とかしてそうな平和な雰囲気がある。でも、王様の強い目力を平然と受け流してるみたいだし、人は見かけによらないって言葉通りだったりする? 五歳児アンテナがビビビッとそんな印象を受信した。
でも、なんで他の国には三日も遅らせるんだろう? 熟成を待ってるの? 熟成と言えば、おばあちゃんもよくお漬物を作ってたっけ。噛むとポリポリっていい音が鳴る大根のお漬物と、お口にじわーと旨みが広がるシジミのお味噌汁、それから、あったかいご飯に解した身を大事に隠した、パリッパリのお海苔を巻いたシャケのおにぎり……お米ぇ! 日本食ぅ! 食べたくなって来ちゃった。
うぅぅ……この世界にないのが心から悲しい! お海苔をつけてとか、おかずが欲しいなんて贅沢は言わないから、せめてご飯が食べたいなぁ。今なら塩むすびで感動する自信があります!
「モモ、こちらに来い」
「ふぁい!?」
おにぎりに心を羽ばたかせていると、王様に呼ばれた。びっくりし過ぎておかしな返事を返しちゃったよ! お、おこら、怒られちゃう……? おろおろしてたら、カイに床に下ろされた。見上げると頭を撫でられて頷かれる。行きなさいって言ってるのはわかるから、勇気を出してこっちを見ているバル様を目標にちょこちょこと距離を詰めてみる。この先にバリアが張られているぞ!? って気がするのは、王様の目力の圧だよね。
桃子の中の五歳児が白い旗を涙目でブンブン振り回しているから、バル様まで走り寄って長い脚に隠れさせてもらう。ついでにズボンの裾を握ればちょっと緊張がほぐれた。一回だけ、休憩をさせて!
「ふふふ、お前が怖いらしいな。愛らしい困り顔だ。モモ、私の元においで。それなら怖くないだろう?」
王妃様に手招かれる。でも、王様にも呼ばれてるのにどうしたらいいの? 桃子はバル様を見上げて目で助けを求めた。ヘルプなミーなの! それが伝わったのか、バル様に抱きあげられる。安心安定の定位置にほっとしながら肩に捕まらせてもらう。
「ナイル王妃、モモを困らせないでいただきたい」
「そう言うな。久しぶりに愛らしい顔を見たのだから、私にも抱かせてくれ」
「ナイル。その前に皆にモモの立場を伝えるべきだろう。バルクライ、モモを連れて来い」
「はい。……モモ、オレが一緒なら大丈夫か?」
ひそりと美声に囁かれて、桃子はこくこくと頷いた。バル様が居るなら相手が誰でも怖くないと思うよ。白旗が赤に変わる。心の中の五歳児も応援に回ったようだ。ガンバレー、ガンバレー! 五歳児精神の声援を受けながら、バル様に連れて行かれる。王様と王妃様が椅子を下りてきた。バル様は二人の間に入ると、桃子を臣下のおじさん達に見えるように下ろして、背中を守るように立ってくれた。
「臣下たるお前達には伝えておくべきだと、私は判断した。この子は今回の功労者の一人であり、軍神ガデスに加護を与えられている者だ。後見人はこの子を保護したバルクライが付く」
「お待ち下さい陛下っ、新たな加護者がこの国に現れたことは真にめでたき事ではございますが、バルクライ殿下が後見人になるとすれば、権力が集中していると貴族達から批判の声が上がりましょう。後見人は他の貴族を起用しては?」
「これほどにバルクライを好いている幼子を引き離せと申すか?」
「三歳にも満たない年齢とお見受けいたします。そのくらいの年齢ならば、環境の変化にも慣れるのが早ようございましょう。国の為を思うのならば、そうすべきかと」
えぇっ!? バル様から離されちゃうなんてやだぁっ!! 五歳児精神に引っ張られて、桃子は泣きそうになりながら手をきゅっと握った。臣下のおじさん達が値踏みするように桃子を見ている。加護を与えられている子供を利用したいのだろう。本当は十六歳だもん。そのくらいわかるんだかんね! バル様のため息が頭に降ってくる。
「くだらんな。お前達貴族に任せるなどと言えば、それこそが争いの火種となる。最も優先されるべきなのは、この子の意志だ」
「なにをおっしゃいます、バルクライ殿下! 失礼ながら、これほど幼い子供に分別がつくはずもございません」
「いいや。この子は賢い。見ろ、お前達の様子もずっと観察しているぞ」
バル様の言葉に桃子に視線が集まる。賢い詐欺してて申し訳ないけど、ここは乗っておくよ! 桃子は瞬きしないで、じぃーっと見返す。そうだよー、おじさん達を観察してるよー。んんん? あっ、お腹にタヌキを飼ってるでしょ! 私のお目々は見逃さないからね! そう思いながら尚も見つめていると、おじさん達が焦り出す。
「そんなまさか……」
「わしは陛下のご判断に従いますぞ!」
「私もです!」
逃げ足が速いねぇ。あっという間に意見を翻す、その鮮やかさには感心しちゃうよ。
「反対意見は消えたようだな。では、モモの後見人はバルクライとする。以上で朝議は終える。職務を全うせよ」
【はっ】
「──モモ、これで正式に一緒にいられるぞ」
王様がさっと話を切り上げて朝議を閉じると、バル様が再び抱き上げてくれた。居心地のいい場所に戻った桃子の耳に、ひっそりと内緒話をするように美声の耳打ちがされる。うんうん、私達の勝利だね! こうして桃子は保護者様の変更を無事に阻止したのだった。ほっ。