144、モモ、叫ぶ~隠したお菓子と切り札はここぞという時に使います!~前編
避難者で溢れかえった請負屋は、今や一つの戦場となっていた。
「包帯余ってるとこない!?」
「こっちにあるから持ってってもらうよ」
「軽傷の人は並んで。重傷者は奥に進んでください」
役回りが決められた通りに請負人達がそれぞれに指示を飛ばしている中、救出組に助けられた人々は室内の隅で深刻そうな様子で顔を寄せ合っている。桃子はその傍を走り抜けながら、耳に入った言葉を聞いていた。
「街の様子はどうなってるんだ?」
「西地区から来たんだが、害獣に追いかけ回されたよ」
「家に戻りたいけど、まだ危険かしら」
「請負人には助けられたが、ルーガ騎士団は動いてるのか?」
不安や不満を抱えた様子には危うさがある。桃子は一度足を止めると、心の中の五歳児を解放して、会話に加わることにした。
「おじさん、おばさん、だいじょうぶだよ! ルーガきしだんのひとたちなら、まちのひとをたすけにいったもん! きっともうすぐここにもきてくれるよ!」
「あら、そうなの?」
「一度ここにも来たのなら心配ないな。現状は知らされているだろう」
「うん! だから、みんなでいっしょにまってようよ」
「そうだな。お嬢ちゃん、ありがとよ」
五歳児の全開笑顔をフラッシュさせたら、深刻な空気が緩んだ。良かったぁ。全部丸ごと本心だけど、ここで不安が爆発しちゃったら、つられて混乱しちゃう人が増えるかもしれないもん。出来るだけ皆で仲良く協力しようってスタイルが大事だよね。片手を振り振り、再びお手伝いに向かう。
「押しちゃだめだよ!」
「おっきな怪我の人を優先してね」
「手当が終わったら空いてる場所に移動してくれ」
「誰か運ぶのを手伝って!」
あっちこっちでお子様組の活躍が聞こえてくる。桃子も手に持った包帯を怪我人の治療をしてくれているお姉さんに差し出す。
「はい! 包帯どーぞ!」
「ありがとう。疲れたら休憩してもいいからね?」
短い足であっちこっち走るのは大変で、はぁはぁと息をついていたら優しい言葉をもらった。その優しさでまだ頑張れるよ! 簡単に作ったスペースには、いつの間にやら避難してきた人達で溢れており、ざわざわと騒がしいほどになっていた。請負人が救出してきた人や、お子様組の声で駆けこんで来た人達だ。幸いにも死者は出ていないが、治癒魔法をかけっぱなしのタオにも疲労の色が濃い。
外は随分と静まっている様子で、あれだけ聞こえていた獣の声も聞こえない。もう、外は安全になったのかな? 桃子は出入り口で見張りに付いているレリーナさんの傍に寄ると、ちらりと外を覗いた。
普段は活気にあふれている通りからは人の姿が消え、代わりに請負人の奮闘により倒された害獣の死骸が転がっている。怖いけど、放置されてるのがちょっと可哀想に思えて、桃子は心の中でナムナムと手を合わせた。化けて出ないでちゃんと成仏してね! お祈りしておく。そうしたくなるほど、外は異様な静寂に満ちていた。どうにも不気味だ。
フィーニスと名乗った謎の男が仕組んだことなのかもしれないけど、害獣って呼ばれてる狼を呼び込むなんて普通の人には出来ないはずだ。そのくらいは、この世界の常識に疎い桃子にも十分に察せられた。
「怖いくらいに音がないね……」
「えぇ。あれから鐘半分は時間が経ちました。ルーガ騎士団もおそらく街の騒ぎを鎮めに出てきているはずです。もしかしたら全てを討伐出来たのかもしれませんよ」
宥めるようにレリーナさんが明るい話をしてくれるけれど、桃子の心は不安に曇っていた。遠くで聞こえていた悲鳴も獣の鳴き声も聞こえない。ちょっとは安心してもいいはずなのに、むしろ怖さが増してくる。バル様達のことが心配で心にずしっと重しが乗っかってるみたいだ。桃子は自分の小さな手を見下ろして、きゅっと握りしめた。
こういう時は、自分の五歳児の身体がすんごくもどかしくなるんだよね。心の中の五歳児も十六歳の精神に刺激されたのか、気付けば頬を膨らませていた。どうも、フグの桃子です! んぐぐぐっ、我慢、我慢! 自分に言い聞かせて地団駄を踏みたくなる足を堪えていると、遠くで微かな物音が聞こえた。