138、モモ、保護者様の心を知る~意外な繋がりは人の縁を生む~中編その二
「うん。それでいいと思う」
「ありがとな、モモちゃん。聞いてたな、団長さん? サバクはルーガ騎士団の門番、この男に金を握らせて取引を黙認させていたようだ。じゃなきゃ、馬車の中身を少しも確認しないで城外に通すなんてするはずがないだろ」
バル様の目が団員を見下ろす。黒曜石の瞳には鋭い怒気が宿り、反抗心を見せていた団員が思わず俯いて震えるほど迫力があった。
「覚悟しておくことだ。ルーガ騎士団副師団長の尋問は甘くはないぞ。……モモ達が見つけた帳簿はどうなっている?」
「こちらが押収した。後でこいつ等と一緒に渡すよ。顧客はなかなか豪華な顔ぶれだったぜ」
ギャルタスさんの爽やかな凄みのある笑みに、バル様が目を細める。なんだろう、背後に虎と龍が見える? 冷え冷えとした空気に誰かがごくりと息を飲む。バル様の腕に抱えられた桃子も、正面からビシバシと何かが飛んでくるのを感じて身体を縮こませる。実際は違うんだけどね? でもなにかが当たってる気がするんだよぅ。痛くないけど痛いような気がしてくる。
そんな桃子の様子を見ていたのか、バル様がそっと床におろしてくれた。真剣なお話し中だし、どこに居れば邪魔にならないかなぁとおろおろしてるとカイが手招きしてくれた。隊長ぉ! 桃子は心の中で叫んで、テッテッテッと走り寄った。ズボンの端をちょっと掴ませてもらってようやく安心する。ここなら邪魔にならないね。そんなことをしている間に、二つの組織のリーダー同士の会話が進んでいく。
「たとえ相手が誰でも、ルーガ騎士団師団長様なら必ず捕まえてくれるよな?」
「あぁ。罪を犯した者には必ず相応の刑を受けてもらう。相手が誰であれ、そこに違いはない」
「それはよかった! お前等もちゃんと聞いてたか? 団長さんが悪い奴は全部捕まえてくれるって約束してくれたぞ」
ギャルタスさんは孤児院の子達に優しく声をかける。俯いていた子達の顔が上がっていく。
「本当に……?」
ギルが震える声でぽつりと呟いた。ゆっくりとその足はバル様の元に向かってくる。あんなに怪我をしても泣かなかった子が泣きそうな顔をしている。
「本当に、今度は助けてくれるのか?」
その言葉に、孤児院の子達が受けた仕打ちの全てが籠っている気がした。大人に助けを求めたのに、見なかった振りをされたり、見捨てられたことがあるのだ。そのことに小さな心はどれだけ傷ついたのだろうか。絶望して諦めていた日々も、仲間が売られていくのを見ていることしか出来なかった苦しみも、桃子には伝わってきた。
「お前達のことを今まで見つけられなくてすまなかった。ルーガ騎士団の名にかけて約束しよう。もう、お前達だけで頑張らなくてもいい」
バル様がギルの頭を撫でると、ギルは唇を噛みしめて静かに涙を零した。孤児院の子達も泣いている。声を上げて泣く女の子達に、声を押さえて涙を流す男の子。この子達は長い苦しみから、今ようやく解放されたのだ。
「団長さん、突っかかって悪かったな。その子達の為にもしっかりした調査を頼むぞ」
「あぁ、任せてほしい。必ず報いは受けさせる。孤児院の管理人は慎重に人選しよう。次の管理人が決まるまでは、誰か繋ぎの者を付ける」
「それなら当面はこちらで請け負うぞ。お互いに害獣討伐に向けて忙しくなるはずだ。負担は補い合うべきだろう?」
「いいのか?」
「この子達も請負屋の大事な仲間だ。助ける理由にはそれで十分さ」
「……そうか。お前達ならば信用出来そうだ。請負屋、ギャルタス・ノーク。お前に────」
「あーあ、つまらないなぁ」
バル様の声に被さって、酷く退屈そうな男の声がした。即座に反応したバル様とギャルタスさんが剣を抜いて天井を見上げる。そこには、いつから居たのか、くすんだ灰色の髪に金色の目をした綺麗な顔立ちの男が宙に浮きながら、気だるそうに桃子達を見下ろしていた。身に付けているのはあまり見ない異国の装束だ。上は頭からかぶっただけの簡素な白いシャツで、腹部に赤い帯を巻いている。左耳には鎖のピアス。鎖の先には涙の形をした青い石が揺れていた。
「モモちゃんと遊びたかったからすこーし手を加えてあげたのに、あっさり解決しちゃうんだもんなぁ。ほんとがっかりだよ」
「その、声は……」
「覚えていてくれたんだ? まだ名乗っていなかったね。オレには名前が多いから、フィーニスとでも呼んでよ」
柔らかな声が毒のように耳に染み込んでくる。あの夢の声と同じだ。不安を煽られて気分が悪い。夢の中で一人蹲って泣いていた女の子がゆっくりと顔を上げていく。嫌だ。見たくない。顔を上げた少女は──桃子の顔をしていた。