135、バルクライ、知らせを受ける 後編
「だが、無駄死にする団員が出ることは神殿側も望むところではないはずだ。オレ達は命を張り、害獣討伐に向かう。補佐として同行してくれる神官は必ず守る。命を張らせる為に同行を頼んでいるのではないことは、知っておいてほしい」
「国の為にもご協力をお願いします。それから、我々や貴方方が欲しいのは、無理やりにでも神殿内部を纏められる力のある神官であるはず。私利私欲に塗れた神官の末路がどうなったかは、もはや誰もが知るところでしょう。新たな大神官がそうならないことを願います」
キルマが冷えた笑みを乗せて睥睨すると、ヒューラの大きな身体が僅かに震えた。バルクライは頭を巡らせる。……陛下に進言するべきか。しかし、神殿という国の中核を担う独立組織に、同じ中核に属すものの対局に位置するルーガ騎士団が口出しするのはどちらにとっても良いこととは言えないだろう。
モモが攫われた事件は終息したとはいえ、大神官という内部の膿を切り出したばかりの傷口はまだ新しく、癒えていないのだ。新たな傷が遺恨となり病んでしまうのは避けねばならない。それが後々大きな問題を生む可能生もある。バルクライは難しい決断を迫られていた。
「まだ日はありますよね? 僕も今回は同行者ですし、周囲に声をかけてみます」
「あぁ、頼む。──二人にもこの件を持ち帰り検討を頼みたい。いい返事を期待する」
「えぇ、お伝えしましょう」
「それでは私も失礼させていただきます」
「僕はもう少し詳しく討伐時期について詳しくお聞きしたいのですが、いいでしょうか?」
「あぁ。こちらも人数について把握しておきたい。キルマ、詳細のメモを頼む」
「はい」
これ以上の進展は見込めないと判断し、バルクライは話を切り上げた。会釈して出ていく二人を見ながら、今後のことを想定する。進言する以外の手も考えてはいるのだ。ただ、それにはどうしても仲介者が必要となり、隊長クラスにその適任者がいないことが問題だった。
扉が閉じて二人の神官が消えると、バルクライは椅子に深く座り直す。直接交渉するのも一つの手ではあるが、それにはキルマが反対した。ルーガ騎士団の団長が自ら交渉に乗り出すのは相手に安く見られる可能生があるというのだ。本音を言えば、師団長という立場がどれほどのものだ、とは思う。プライドや誇りだけでは団員の命は守れない。守るべき者を守れない立場に価値などあるのだろうか?
「頭の痛い問題ばかりですね。気分がすっきりするハーブティーでもお入れしましょう。タオにも入れて差し上げますから少し待っていてくださいね」
「えっ!? あ、ありがとうございます!」
「……キルマが入れるものは美味い。よく味わうといい」
「はいっ。神殿の皆に話すためにもじっくり味わいます」
力強く返事を返すタオを見ていると、モモの恩人である相手に言うことではないが、まるで子犬が主を慕っているように見える。この素直な気質はモモと少し似ているかもしれない。……今夜くらいは屋敷に帰りたかったが、難しいな。
屋敷に帰りたいと思うのは、モモのことが気になるからだ。仮眠をとるためにベッドに横になると、いつも隣にあった温もりを思い出す。モモは一人でも眠れているだろうか。レリーナに頼んではあるが、セージは足りているだろうか。寂しいと泣いてはいないだろうか。そんなことを考えるのだ。そして、そう思う自分に驚く。仕事以外で、これほど誰かを気にかけるのは初めてだった。
「やはりご多忙なのですね。僕にもお手伝いが出来ればいいのですが。手が必要でしたらいつでもお声をかけてください」
「お前には前回も今回も十分助けられている」
執務机に重ねられた紙の束を見たのだろう。申し訳なさそうに落とされた声に否定を返し、バルクライは雲のかかったように重い頭を手で押さえる。頭が重いのは仕事に忙殺されていることだけが原因ではないだろう。モモに添い寝するようになってから格段に睡眠の質が上がってしまったために、今の睡眠では満足出来ていないのだ。それも長く続けば、いずれはそれが当たり前に戻ってしまうだろうが、その前に問題を一掃したいところだ。
その時、ノックの音がした。まるで焦るように音の間隔が狭く、慌ただしく聞こえた。バルクライはすぐに入室の許可を出す。
「入れ」
「失礼します、団長」
入室してきたのはカイだった。表情に緊張の色が見えたために、緊急事態を察して視線で話を促す。すると、部下の口から出て来たのは予想外の事態だった。
「実はレリーナの使いを名乗る請負屋の男が受付に来てまして。──モモと彼女が事件に巻き込まれて怪我をしたと」
その知らせに、バルクライは無意識に荒々しい音を立てて椅子から立ち上がっていた。




