131、モモ、奮い立つ~困った時の助けは誰かを思いやる心だったりする~前編
啜り泣く声で桃子は目を覚ました。身体を起こそうとすると、頬っぺたとお腹がすごく痛む。うぐぅっと手で押さえようとして、そこでようやく両腕が縄で縛られていることに気付いた。ちょっと頭が混乱する。ええっと、ここはどこなの?
「……大丈夫かよ?」
躊躇いがちな囁きがすぐ傍でした。身を捩ると、両手を後ろで縛られたギルが桃子の後ろにしゃがんでいた。
「ギル、あれからどうなったの? レリーナさんは?」
「あの姉ちゃんならまだ気を失ってる。オレ達はサバクの奴に捕まっちまったんだ。今は他の奴等と一緒に馬車で運ばれてる最中で、まだ街からはそう離れてねぇけど、街の外には出ちまってる」
言われて周囲を見回すと、薄暗いけど視界の中に座った子供達の姿が見えた。中には壁に寄りかかったレリーナさんもいる。まだ意識を失っているのか、その目は閉ざされたままだ。
「レリーナさんを起こして、どうにかしてこの縄を解こう。そうしたら皆で逃げるの!」
「……そんなの無理に決まってる。オレ達は売られるんだ」
「お母さんのいるお家に帰りたいよぉ」
「ここから出たい」
諦めているように座り込んでいるのは、さっき会った男の子だね。その隣で悲痛な声で啜り泣いているのは七、八歳くらいの二人の女の子。孤児院から連れてこられたのはこの三人と桃子達を含んだ六人のようだ。
「諦めないで! 皆で頑張ればきっと逃げられるよ」
桃子はズキズキと痛むお腹に顔をしかめながら、なんとか身体を起こしてレリーナさんの傍まで膝で歩いていく。ガタンゴトンと音が鳴る度に床が揺れてバランスを崩しそうになる。途中で転がりそうになったけど、ギルが身体で支えてくれた。ありがとう。なんとかレリーナさんの前に辿り着く。頭から流れただろう血が首を濡らしている。顔色も悪いようだし、心配で指が震えた。指先でそうっとレリーナさんの肩に触れて呼びかけてみる。
「レリーナさん、起きて。レリーナさん!」
血を流した姿に胸が痛くなってきた。不安に心を押しつぶされそうになりながら、何度も呼びかけていると、レリーナさんの目がうっすらと開いた。
「う……っ。モモ様? 一体どうなって……?」
「良かった! 気付いてくれたんだね。作戦が失敗しちゃったの。レリーナさんは頭を殴られたせいで気を失ってたんだよ。私達全員サバクに捕まって、今馬車でどこかに連れてかれてる。街から出ちゃったみたいだけど、辺境のおじいさんに売るって言ってたから到着まではまだ時間はあると思うの」
「この縄さえ解ければなんとかなる。先にあんただ。後ろを向いてくれ、オレが歯で試してみる」
「待ちなさい。それなら方法があります」
レリーナさんは三角座りしていた膝をさらに自分に寄せると、ごそごそと足を動かした。靴の踵を床に打ち付けているようだ。すると、踵の一部がせり出した。見たことのある光景に桃子ははっとする。
「それってバル様と同じ?」
「えぇ。仕込みナイフです。モモ様の護衛にして頂くことが決まりました時に、この靴を頂きました。足のサイズを測った特注品でございます」
ころりと出て来たのは仕込みナイフの柄だった。啜り泣いていた子供達の目に、希望が灯っていく。保護者様の慎重さが桃子達のピンチを救ってくれそうだ。一瞬お腹の痛みも忘れる。バル様に助けてもらったと思えば、震えそうな恐怖も武者震いに変えられそうだ。
ギルが後ろ向きで柄を拾い上げて、ナイフを出すとレリーナさんの手首の縄を切り始めた。早く早く。心が急ぐけど声には出さず、桃子は子供達と一緒に息をひそめてその様子を見つめる。馬車が動いているのだから、そんなことはないと思うけど、誰かが中の様子を見に来ないかハラハラしてしまう。やがて、レリーナさんの縄がブチリッと切れた。やったね! 子供達の間で小さな歓声が上がる。