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122、キルマージ、索敵部隊を見送る

キルマージ視点にて。

 朝日が昇りきる前、まだ街が夢見る時刻。東の門前で3つの部隊が馬を傍らに従えながら列をなしていた。キルマージはバルクライの隣に立ち、これから索敵に向かう部下達を見回す。各部隊長のディーカル、イリファス、ルダはどこか余裕のある表情だったが、付き従う団員には緊張の色が見て取れた。


 バルクライがゆっくりと前に出る。


「今回の索敵部隊にはルダ・カカオを部隊長に任命した。貴方ならば安心して任せられる。頼んだぞ」


「謹んでお受けする。がはははっ、この身体を駆使して、一人も欠くことなく団長の元に連れ帰ろう!」


 むんっと筋肉を誇示して、カカオが豪快に笑う。もう五十も近いというのに、その鍛え抜かれた肉体に衰えの色は一切ない。いやむしろ、昔よりも筋肉がついているような? カカオの返答に団員の緊張もほどよく抜けたようだ。忍び笑いが聞こえてくる。


「ジジィが隊長かよ。こりゃ暑っ苦しい索敵になりそうだな」


「ディーカル君、ルダさんに失礼ですわ。隊長としてもっと自覚を持たなければ」


「いいんだよ。そういうのはリキットの担当だ」


 白い手を困ったように頬に添えて、イリファスがディーカルを注意するが、本人はどこ吹く風だ。馬の背中を撫でながらニヤリと笑う。……あなた、そんなことを言ってますが、後ろで名指しされたリキットが怖い顔で睨んでますよ?


「余裕があるのはいいが、気は抜き過ぎるな。 ──誇りと共に国を守れ。誓いと共に街を守れ。そして必ず、おのが命を守って戻れ!」


「ルーガ騎士団索敵部隊、前進しなさい!!」


 キルマージの言葉に一斉に団員が馬に騎乗する。そしてルダが号令をかけた。


「出発! 行くぞぉぉぉぉ!」


《おうっ!!》


 銅鑼のような声が響き、総人数157名が外に向かってゆっくりと走り出す。土埃を上げて、ドドッ ドドッと地面を蹴る足音が遠くなっていく。森に向かう無数の緑の外套を見送り、キルマージはバルクライを振り返る。黒い瞳が黙然と森を見つめていた。いつもの無表情の中に、案じる光が見えた気がして、思わず伝える。


「私達の部下は優秀です。簡単に死ぬような者達ではありません。信じましょう」


「……あぁ、そうだな。オレ達はオレ達のすべきことを」


 バルクライとキルマージは門の内側に踵を返すと、門番の傍に待たせていた馬に騎乗して騎士団本部への道をゆっくりと戻っていく。バルクライの隣に足並みを揃えながら、キルマージは気になっていたあることを尋ねた。


「昨日の件、モモに説明は?」


「今知らせる気はない。この世界に慣れようと努力しているあの子に、負担を強いたくはない。それに、夢にまで干渉する力を持つ者に手をこまねいている現状では、知らせても無駄に不安を煽ることになりかねん」


「こうなると、軍神の加護を頂けて本当によかったですね。その点だけは私達も少し安心出来ますから」


「あぁ。それにモモにはミラとの茶会前日までは外出を禁じた。屋敷の中に籠らせることになるが、安全面を考えれば、叱責ごとが転がって来たのは絶妙なタイミングだったな」


 索敵部隊の見送りは早朝の為、モモはまだベッドで眠っている頃だろう。幼女の寝顔を思い出してほっこりしていたのが、上司の言葉で吹っ飛んだ。


「叱責とは穏やかではありませんね?」


「……モモが請負屋で働いていたらしい」


「…………は?」


 間抜けにもはの字に口を開けて、キルマージはバルクライの端正な横顔を凝視した。……今のはなにかの間違い、ですよね?


「それが隠しごとだったようだ。請負屋で依頼を受けて金を自力で得ていたらしい。自分で稼ぎたかったと言っていたが」


「えぇ!? どう見ても幼児にしか見えない、五歳どころか三歳も疑問に思うくらいに小さなあのモモがですか!?」


 息継ぎを忘れた声が自然と大きくなった。馬が驚いたのか、速度を上げそうになる。キルマージは上手く手綱を捌いて速度を保つように気をつけながら、バルクライの返事を待つ。バルクライは重々しく頷いた。


「間違いなく、そのモモだ」


「なんて、頑張り屋な……」


 本来の年齢は十六歳と聞いてはいたが、それにしても頑張り過ぎだろう。団員に見習わせたいくらいだ。大きな箱を持ち上げてヨロヨロしている小さなモモの姿が頭に浮かぶ。あぁっ、危ない! そんな物はカイに任せておきましょう! 頭の中でモモから箱を取り上げて、キルマはバルクライに疑問を呈する。


「請負屋が、あんなに小さな子に仕事を受ける許可を出したのが不思議です。いくら来るもの拒まずとは言え、私がトップなら断りますよ」


「オレもそれは考えたが、モモは言動がしっかりしていて、賢い子だ。そこで判断したのかもしれない」


 当然ルールはあるだろうが、基本は来るものを拒まないのが請負屋だ。それはモモが相手でも揺らぐものではなかったのだろう。私なら揺らぎますね。あんなぷにぷにほっぺの子に労働は早すぎますよ! 


「それほどに働きたがるのなら、いっそのこと、ルーガ騎士団で働いてもらってはどうですか? 私達の目もありますし、心配が減るでしょう」


「却下だ。お前達がモモにかかりきりになるのは目に見えている。それに、騎士団師団長であるオレがそれをしては職権乱用だろう」


「まぁ、一部の人間にやっかまれることはありそうですね。では、慣れてしっかりと仕事が出来るまでは、騎士団から給金が発生しなければどうです? たとえば、初めの内はお試しということで、私達からモモに給金を出すことにすれば?」


「…………」


 一考の余地が生まれたのか、バルクライが視線を前方に戻して黙り込んだ。いい考えだと思うのですが。仕事に張り合いが出て、癒しもある。そんな最高の職場になりそうだ。よしっ、ではもう一押ししましょう!


「頑張り屋な子ですから、一生懸命仕事をしてくれるでしょうね? 周囲からある程度の理解が得られたら、本格的に騎士団所属の子にしてしまえばいいのですよ」


 どうです、心が揺れるでしょう? キルマージはにっこりと微笑んで、本当は誰よりもモモを案じているだろうバルクライに答えを迫った。 


「……考えておく。本人には請負屋の危険性を理解してもらったが、自分の価値を低く見ているきらいがある。そこは折々でモモに自覚を促すつもりだ。だが今は──」


「えぇ。索敵部隊が無事に戻ることを祈りながら、仕事を片付けるとしましょう」


 バルクライにそう返して、キルマは馬の腹部を軽く蹴った。




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