121、バルクライ、部下と飲み交わす 後編
「キルマは自分で買うほど飲まないから知らないか。結構稀少な酒でな、コップ1杯で銀貨2枚もするんだぜ?」
「えぇっ!? そんなにお高いんですか? というか、あなたそんなのよく飲みますね」
「いやいや、オレも飲んだのは1回だけだって。ディーと飲みに行った時に一番高い酒を飲んでみようって話になってね。店の親父に言ったら、これが出て来たんだよ。値段聞いて目玉が飛び出るかと思ったけどな。まぁ、それだけ美味かったぜ」
「翌日に残らない、いい酒だ」
バルクライはソファに座ると、三つのコップに惜しみなく酒を注いだ。トプトプと音が鳴り、コップが満たされていく。三人はコップを手に取ると、軽く前に掲げた。
「ルーガ騎士団に」
バルクライがそう言えば、二人も軽くコップを掲げて頷き、ゆっくりと酒を傾けた。バルクライも喉を潤す。スパイシーな味わいがやはり美味い。感嘆のため息を吐き、キルマがコップを見つめる。
「香りに騙されました。甘いのかと思っていたら、とても飲みやすいですね」
「だろ? とうとうキルマも酒のみに鞍替えか?」
「気にいったようだな」
「えぇ、酒のみになる気はありませんが、大事に飲ませてもらいますよ。さて、ついでに軽く仕事のご報告もしておきましょうか」
「頼む。こちらは明日から2週間、索敵部隊を害獣討伐に備えての周辺調査に向かわせる。部隊編成は4番、7番、8番部隊。主に森と遺跡周辺の調査、並びに人の行き来が多い街道や他国との国境付近まで回る予定だ。──6番隊に任せた街の調査はどうなっている?」
「キオリア隊長から、二、三、不審な話を聞いたと報告を受けました。父親と息子、夫婦、飲み仲間、といった親しい関係の者達が言い争いの末に激昂して相手を殴り殺してしまった事件がここ一月の間に起こっているようです。不思議なのは、捕まった後に自分がなぜ相手を殺してしまうほど激昂したのかが分からないと、口を揃えて言っていることですよ」
「だけど、それだけで不審と判断するのは難しくないか? 偶然重なった可能性もあるだろ」
「えぇ。ですから尋問担当者に直接話を聞いてみました。すると、どうも不自然な点がありまして……親子、飲み仲間はともかくとして、普通、妻が夫を撲殺出来ると思いますか? しかも、加害者は全員拳を壊すほど相手を殴っているんですよ?」
「大の男が女性に殴り殺されたってのか……」
カイが絶句した。さすがにこれは予想外だ。妻が拳を壊すほど夫を殴るとは、尋常ではない。バルクライは顎に手をやりながら考える。誰の頭にも、一つの可能性が浮かんでいるはずだ。
「何者かが作為的に加害者の怒りを増強した。そう考えれば、正気に返った後、加害者はどうして自分がそこまで激昂したのかがわからないと答えた理由に説明がつく。本来ならば荒唐無稽な推理だが、モモから軍神ガデスの忠告を受けたからな」
「やはり、団長もそうお考えなのですね。私もそれが妥当だと思います。この事件には人外の力を持った者が関わっている可能性が高いかと。しかし、街で騒動を起こした目的がわかりません。そんなことをしてなんの意味があるのでしょうか?」
「オレ達かモモに注目させたかったんじゃないの? 自分はいつでもお前達を操れるぞってメッセージ。それか、根性がひん曲がってて、目的なんてものはなくその状況を楽しんでいるのかもしれないぜ」
「ぞっとしませんね」
「6番隊には、引き続き街の調査と巡回に当たるように指示するつもりだ。これは索敵部隊が戻るまでの期間とする。今回の件、けして軽視するべきではない」
ほの暗い嗤い声が耳を掠めた気がした。夢にさえ介入出来る敵がモモを狙っている。幼女の穏やかな寝顔を思い出して、バルクライは腕を組んだ。




