116、モモ、保護者様と贅沢をする~楽しいほど時間は早く進んじゃうよね~起床編
二度目のおはようを迎えたら、バル様が隣で片肘をついて優しい眼差しで桃子を見ていた。ルーガ騎士団であった面白話を聞いていたら、いつの間にか二度寝しちゃったみたい。寝顔を見られちゃうのはよくあることだけど、いやん! と桃子は恥ずかしくなって、口元までシーツを引き上げた。
「よく眠れたか?」
「うん。バル様はずっと起きてたの?」
「いや、オレも少し寝た。だが、朝寝坊をしたのは初めてだな」
「えっ!? 今まで一度もないの?」
「あぁ。学園に通っていた時の癖だ。起きねば朝食を食べ損ねたまま訓練を受けなければいけない。それを避ける為に身に付けたものが習慣になっている」
こともなげに言ってるけど、結構すごいことだよね? 決めたことを守り通すのは大変な努力が必要のはずだ。努力、大切。辛うじて、片手の遅刻回数を持つ桃子はバル様に尊敬の眼差しを向ける。なんでもさらさらりと熟す印象があるけど、強い意思がものをいってるんだね!
「今、何時──えっと、どのくらいの時間帯かな?」
「いつもより鐘一つ寝坊したくらいだろう。起きるか?」
「うん。バル様どうだった? 私はね、すんごく楽しかったよ。普段のんびりした時間がなかなか取れないからね。また今度、一緒に朝寝坊してほしいなぁ」
「あぁ。モモといると何気ないことも新しい見方が出来る。それがとても新鮮で面白い」
僅かに口端を上げたバル様が、ベッドを降りる。桃子もシーツから脱出してベッドから後ろ向きの下山をする。片足を伸ばしてゆっくりと靴の上に着地していく。ふぅ、一仕事終えました! ちっちゃな達成感を味わっていると、バル様が手にタオルを握りながら戻ってきた。洗顔してきたのか、僅かに前髪が湿っている。
「モモ、動くな」
「バル様? んぶ……っ」
桃子の前で片膝をつくと、濡れタオルで顔を拭ってくれる。優しく拭かれてくすぐったくなった。笑いながらも、言われたとおりに動かないようにする。いつもは洗面所で抱えてもらうか、おっきめの箱に乗って自分で洗うんだけど、今日はお休みだからサービス? さっぱりした顔で見上げたら、バル様が頷いた。
「綺麗になった。膝はどうだ? 痛みは?」
「大丈夫! もうかさぶたになってるからね」
「それならいい。着替えは椅子の上にメイドが置いていったが、一人で出来るか?」
「うん!」
出来るよと、ない胸を張る。幼児の時は羞恥心がどこかに飛んでるから、潔く上からすぽっとネグリジュを脱ぎ捨てる。へいっ、ぱんつ一丁上がり! 捩りハチマキをしたお寿司屋さん風のおじさんが威勢いい声でそう言った気がした。
椅子に駆け寄ると、長袖で胸元にフリルがついた緑のシャツと、膝下くらいの長さのピンクのスカートが置かれていた。ボタンがないのが有難いよ。上を着て、スカートに足を通したら、足首までの靴下で最後に靴を履く。
その間にバル様も洗面所で素早く着替えを済ませて来たようで、白い長袖シャツに黒のベストとズボンに変わっていた。髪の毛も整えられているから色っぽさから格好良さにチェンジしてるね! バル様は逆三角形で彫像のようなモデル体型だから、基本的になんでも似合いそうだ。
見とれていたら、お腹が鳴った。桃子もお腹も元気です。音を聞いたら空腹を強く感じる。やっぱり眼福だけじゃお腹は満たせないんだねぇ。でも目は眼福で綺麗に洗われたもよう。バル様が抱っこしてくれる。このまま一階に降りるようだ。
「スカートも似合うな」
「ほんと? バル様もすごく格好いいよ! ロンさんみたいな紳士に見えるもん」
「……髭も生やすか」
「生やしちゃうのっ!?」
「ふっ、冗談だ」
ま、またしても、揶揄われた!! 真顔で冗談はやめようよ。簡単に信じた桃子はぷくっと頬を膨らませた。怒ってます。ぷんぷんですよ! とバル様にアピールする。悔しいから、絶対にプレゼントでびっくりさせちゃうから!
「怒っているのか?」
「むぅ……っ、ふや、あ、ははははっ」
空気が入ってまん丸くなった頬をこしゃこしょと指先でくすぐられて、桃子は負けた。我慢出来ずに笑い出すと、バル様も目を和ませて微かな笑みを浮かべる。怒った振りをしてただけだけど、くすぐりは反則だよぅ。
「笑ったな。機嫌が直ったなら朝食にしよう」
「はーい」
いい子のお返事を返しながら、ふと気づく。そう言えば、お仕事のお話はバル様に伝えなきゃいけないんだった。……怒られないといいなぁ。お、お腹が空いちゃったからご飯を食べてからにしよう、うん。現実逃避じゃないからね!