115、モモ、保護者様と贅沢をする~楽しいほど時間は早く進んじゃうよね~朝編
目が覚めたら視界が真っ暗だった。桃子は一瞬慌てて、周囲を探ろうと手を前に出した。指にさらりとした感触が当たる。あ、これ布だね。なるほど、ここはシーツの中だ! 寝ながら潜っちゃったのかも。寝ぞうは悪くないんだけどね、寝がえりをうったりするものだから、家のベッドからは時々落ちてた。
この世界に来てからはバル様に抱きしめられながら眠ることが多いのと、広いベッドのおかげでいくらでもコロコロ転がれるから落ちたことないけど。シーツをもぞもぞ移動して顔を出したら、隣でバル様が仰向けで眠っていた。静かな呼吸が心地いい。部屋の中は明るいけど、今日はバル様お休みだから、朝一番に一緒にしたいことがあるんだよね。
身体をよじりながらバル様に近づくと、脇腹にしがみつく。ふわーっ、ぬくぬくだね! 体温が気持ちよくてすり寄っていると、突然身体が浮いた。
「うぎゃっ!?」
「……早いな」
掠れた美声に背筋がぞわっとした。見上げるとバル様が目を開けていたのだ。そのまま固いお腹の上に乗っけられると、顔が近くなる。乱れた前髪の間から覗く目は眠気にとろりと潤んでいて、フェロモンが大爆発していた。
こ、これが大人の色気……っ、ぼわっと顔が熱を持ってドキドキしてくる。朝から眼福ありがとうございます!! 桃子は心の中で敬礼した。私にはいつ色気が出るようになるんだろうね? 今は五歳児だけど、実際は十六歳だし、後2年もしたらきっと私だって、薔薇のようなバル様の色気は無理でも、たんぽぽくらいの色気が……出たらいいなぁ。
目を閉じたバル様が深く一呼吸して再び目を開くと、その黒い瞳からは眠気が消えていた。すごいね、コントロールしてるの?
「起きるか……」
「あっ、待ってバル様!」
桃子の背中を支えて転がらないように配慮してくれたバル様が、腹筋を使って起きあがろうとするので、慌てて厚い胸板を小さな両手で押さえる。素直に浮かせていた背中をベッドに戻してくれたバル様は、無表情ながらも不思議そうに瞬いた。
「モモ?」
「あのね、今日はバル様お休みだよね? だから、その、い、一緒に朝寝坊したくて……」
「朝寝坊?」
「うん。ちょっとだけでいいから、ベッドの中で私と一緒にのんびりしてほしいの。……ダメかなぁ?」
緊張しながらバル様を見上げる。中身は十六歳なのにこんな我儘言うのは恥ずかしいけど、でも、指折り数えて待っていたお休みだから、五歳児の本能の命ずるままにちょっとだけ甘えたい。
「なにか、起きてやらなきゃいけないことある?」
「いや。オレは構わないが、そんなことで良いのか?」
「それがいいの。だって、バル様と朝寝坊が出来るって贅沢だもん」
「これが贅沢とは、モモは無欲だな」
バル様の腕が背中に伸びてきて、桃子を身体の上に寝かせてくれる。頬にバル様の胸板が当たる。ぷにゅっと自前の丸い頬が潰れた。背中を撫でられるのがとっても気持ち良い。
ここ2日、ズドーンと胸に居座っていた重い気分も霧散していく。昨日はバル様の言いつけ通りにお屋敷に引きこもっていたから、ギルのとこには行けなかったんだよねぇ。せっかくのプレゼント計画も休止状態で、今日という日に間に合わなかったのが残念過ぎる。
なんとかギルを捕まえて、依頼書を返してもらいたいところだ。でも、今日はバル様にいっぱい甘えたい。五歳児も心の中でご満悦だ。
「バル様、今日はずっと一緒にいてね」
ぐりぐりと胸元に懐いていると、低く掠れて色気倍増の美声が耳元で囁いてくれた。
「……あぁ。いくらでも望むがままに」