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114、バルクライ、兄の誘いを受ける

バルクライ視点にて。

 父であり国王でもあるラルンダに仕事の報告をしたバルクライは、城の広い廊下を歩いていた。足を進める度に、静かな音が響く。ふと、その足音が重なり、廊下の曲がり角から兄、ジュノラスが現れる。どうやらバルクライを待っていたようだ。快活な笑みを浮かべて、親し気に片手を上げている。


「久しぶりだな、バルクライ。せっかく城に来たんだ。オレの部屋で一息ついていかないか?」


「……構わないが」


「そうか! 実はな、ルクルク国の美味い菓子が手に入ったんだ」


 兄の声に嬉しさが滲んでいる。上機嫌な様子で先を歩き出すジュノラスに、バルクライは無言で続いた。


 ジュノラスの主な仕事は他国との貿易関係だ。ルクルク国の菓子もそうした仕事で手に入ったものだと推察出来た。他国と円滑な関係を作ることに兄ほどの適任者は他にいないだろう。バルクライは多才ではあるが、けして万人受けする性格ではない。


 その点、ジュノラスは人を引きつけ、その心にするりと入り込み、自然と自分から従いたいと思わせてしまう才があった。だからこそ、バルクライは兄を見くびることなく、尊敬していた。たとえ周囲がどんな思惑を孕み近づこうとも、初めて対面した時に、腹違いを厭うことなく、弟だと言ってくれたジュノラスを裏切ることは生涯ないだろう。それは誰に知らせることもない、バルクライの中に刻まれた誓いだった。


 長い廊下を渡り、ジュノラスの部屋に繋がる階段を下っていくと、僅かな懐かしさを覚えた。幼い頃によく行き来した場所だ。細い廊下を奥に進むと、手前がバルクライの自室として使っていた部屋があった。ちらりと視線を流していると、ジュノラスが振り返る。


「お前の部屋は、今も当時の状態で残されているぞ。気になるなら寄っていくか?」


「いや。必要な物は今の屋敷にある。片付けてしまっても構わない」


「そう言うな。母上の意向だ」


 『いつでも帰って来い』義母、ナイルからのメッセージを受け取り、バルクライは目を僅かに伏せる。答えるべき言葉がすぐには浮かばなかった。


 ジュノラスは廊下を進むと、自室の扉を大きく開く。カーテンの開かれた室内は太陽を受け入れて明るい。手前にテーブルと椅子が二脚置かれており、奥にはバルクライの屋敷の自室と同じように執務机が置かれている。右側には扉のない部屋が続いており、大きなベッドが僅かに見えた。


 ジュノラスがテーブルの上に置いてあった小さな鐘を鳴らすと、すぐに扉がノックされる。


「お呼びでしょうか?」


「紅茶とこの間持って来た菓子を出してくれ。バルクライにも食べさせてやりたいんだ」


「かしこまりました。ご用意いたします」


 メイドは伏し目がちに頭を下げると部屋を出て行った。屋敷のメイドと比べても喜怒哀楽が押さえつけられているのがわかる。そう教育されているのだ。そして、これが王族と使用人の普通の姿なのだ。


 二人は椅子に腰を下ろすと、会話を再開する。


「来月には大規模な害獣討伐が始まるだろう? お前が屋敷を留守にするとモモに対する護衛が手薄になるのではないかと、母上が気にかけておいでだ。そこで、お前が留守の間、城でモモを預かってはどうかと仰られてな」


「……義母上がただモモに会いたいだけなのではないか?」


「はははっ、それもあるだろうな! だが、心配していらっしゃるのも事実だ。母上には男児のオレ達しか子がない上に、父上の側室方が産んだ義妹達はうに嫁に出た身だ。母上自身もあの性格だからな。側室の方々とは合わん部分が多い。だから年齢も幼く素直そうなモモを可愛がりたくてしかたないのだろうよ」


 父の三人の側室達の姿を思い出して、バルクライは内心深く納得した。側室の三人は、性別に相応しい武器を持っていた。それぞれ種類の違う美しい容姿で、今も王の寵愛を得ようと争っているのだ。


「母上は女性には甘いが、清廉潔白を好む方でもある。加えて剣の腕は父上と打ち合うほどおありだ。心身ともに並大抵の女性では太刀打ち出来ん」


「女性どころか父上でも勝てんだろう」


「まさにそうだ。つまるところ、オレ達が母上に勝てぬのは当然だな」


 ジュノラスが手で膝を打つ。バルクライは爽やかに笑う兄にため息で同意した。ルクルク国の方針で幼い頃から鍛えてきたという義母、ナイルは、剣の達人でもある。婚姻当初、父、ラルンダに放たれた刺客を切り伏せて守ったという武勇伝もあり、ジュノール大国での呼び名は【戦う王妃】だ。更に言うと、バルクライやジュノラスを鍛えたのも彼女であった。


「モモには母上のような女性は目指してほしくないのが本音だな。ところで、そのモモは元気か?」


「……あぁ」


 そう返事を返しながらも、昨日からどこか元気がないモモを思い出す。昨夜は出迎えてくれた彼女の小さな両膝に包帯が巻かれていたため、驚いた。風呂から上がった時に確認したが、小さな傷が出来ていた。護衛役のレリーナに事情は聞いた。だが転んだのだと言うばかりで、詳しいことはわからずじまいだったのだ。


 幼女になにかあったのは確かだろう。例の孤児院の子供が関わっているのかもしれないが、落ち込んだ様子が気にかかる。明日は久しぶりの休日だから、しっかりと構ってやるつもりだ。

 

 再びノックの音がした。扉が開き台車を引いてメイドが入ってくる。


「お待たせいたしました。紅茶とお菓子のご用意が整いました」


 慣れた手つきでティーカップに注がれた紅茶が、手元に置かれる。中央にお菓子を乗せた皿が並ぶと再び一礼してメイドが出て行く。


「さぁ、食べてみてくれ」


「…………美味いな」


「だろう? レモナを使っているらしくてな、酸味が仄かにあるのがいい。菓子なのに不思議と口の中がさっぱりする。モモにも持ち帰るか? 味見をしたら美味かったものだから買いすぎてな。まだ三箱残ってるんだ」


 上機嫌で勧めてくれる義兄にバルクライは無言で頷く。これならモモの笑顔が見れるかもしれない。紅茶を一口飲むと、バルクライはジュノラスに目を向ける。


「留守中のことはオレも考えているが、モモと話し合って決めようと思う。母上にはそう伝えてくれ」


「あぁ、わかった。必要ならオレも力になるからな」


 兄は力強く自分の胸元を叩いて見せた。

 



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