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112、モモ、初めての依頼を達成する~幼児の時の痛みは大きくなってからより強いの?~中編その二

 お花屋さんの前の道を右奥に走っていくギルの背中を遠くに見つける。桃子は短い足を懸命に動かした。


「待って、ギル!」


 しかし五歳の年齢差は大きく、どんなに一生懸命走ってもその差は広がっていく一方だ。わざと人の多い間をスイスイと逃げていく。音にすればこんな感じだろうか。タッタッタッと駆けるギルと、トタトタトタトタッと走る桃子。歩幅が狭い分だけ桃子は頑張らなければいけないのだ。


 つ、辛いっ! 五歳児の体力はすぐに限界を迎える。呼吸が苦しい。はぁはぁと、口から息が逃げていく。酸素、誰か酸素ください! ボンベでもいいよ! 


 ギルが右の脇道に逸れた。十六歳だったらきっと追いつけたのに! 頭の中で叫んだら足元がおろそかになっていたようだ。


「ふあっ!?」


 足が滑ってドシャッっと転んだ。全身を打ち付けてじんじんする。心臓は飛び出しそうなほどバクバクしてるし、ギルには逃げられちゃうし、転んじゃうし、踏んだり蹴ったりだ。……悲しくなってきた。涙を堪えながら、よろよろと起き上がるとスカートは破けてて、両膝から出血していた。すんごく痛い!! 


「うぐっ……我慢……っ」


 桃子の中で五歳児がボロボロ泣いている。けど、十六歳は転んだくらいで泣かないんです! 涙が滲んだ目元を手の甲で乱暴に擦っていると、頭に何かが乗っけられた。


「派手にコケてたなぁ、嬢ちゃん。大丈夫か?」


 顔を上げると、ぼさ髪と無精ひげの男の人、ルイスさんが腰を曲げて桃子を見下ろしていた。


「ルイスしゃん……」


「両膝から血が出てる。痛かったよなぁ。それなのに、泣くのを我慢するなんて、頑張ったな」


 さん、を思いっきり噛んじゃったけど、ルイスさんは気にしてないのか、大きな手でよしよしと撫でてくれる。そのまま慣れた仕草で抱き上げられて、桃子が反射で胸元にしがみ付くと、のしのしと歩き出す。


「ここからなら飯屋の方が近いか。傷に菌が入るといけないからな、ちょっと待ってろよ。おいちゃんが手当てしてやるよ」


 傷に触らないように片腕に抱えられて桃子は移動する。よれっとした格好をしてるけど、ルイスさんは意外と筋肉質でがっしりしてるみたい。着やせするタイプと見た! 桃子を片腕で抱えてるのに平然と歩いてるもん。


 予想外なことにびっくりした弾みで出かけていた涙も止まっちゃったよ。でも、ギルから依頼書を取り戻すことは出来なかったんだよね。頑張って働いたのに……。プレゼントをようやく選べるとわくわくしていた心がしょんぼりした。これは落ち込むよ。 


 ルイスさんは二階建ての木造の大きな建物に、膝抱っこのまま入っていく。桃子達に視線が飛ばされる。驚きの目が無数向けられている。おじさんと幼女の組み合わせって変?


 奥の席でお酒が注がれたジョッキを掲げた男の人が陽気に声をかけてくる。


「おぉ、ルイスじゃねぇか! 子供連れたぁ、珍しい。どこから攫って来たんだ?」


「馬鹿言うな。オレが人攫いなんてするか。人助けだ、人助け」


「野暮ったい恰好の男とちんまい女の子じゃ、どう見ても人攫いにしか見えんわな」


「ぶあっはははっ、違ぇねぇわ!」


「適当なこと抜かしてるなよ。この酔っ払いども。教育に悪いから、いい子はこっちを向いて座ろうな」


 大きな丸テーブルを囲むように座る屈強な男達だ。豪快に食事をしているようだ。話ながらも身の丈にあった大きな口を開けて、骨付き肉に被りついている。おぉー、いい食べっぷりだね。桃子の口にはとても入りそうにない大きさの肉が一瞬で消えていく。大食い大会があったら優勝候補にノミネートされそう!


 膝の痛みも一瞬忘れるほどマジックのような光景に見入っていたら、ルイスさんに壁側の隅に桃子を座らせてくれた。後ろでだみ声の笑い声が上がっているけど、見えないのがちょっと惜しい。楽しそうな人達だったけど、駄目なの?


 ルイスさんは店員のお兄さんに声をかける。


「兄ちゃん、水とタオル、それから傷薬とガーゼと包帯を頼めるか? この子が転んじまったもんだから、傷口の手当てをしてやりたくてな」


「すぐ持ってきます」


 慌てて走っていく店員さんを気にしていると、ルイスさんが安心させるように緩く笑いかけて来た。


「元気がないな? そう言えばどうして一人であんなとこにいたんだ? なにか事情があるなら、おいちゃんに話してごらん」


「でも、迷惑かけちゃう」


「いいじゃないか。人間ってのは少なからず、お互いに迷惑をかけ合いながら生きてるもんだぞ。一人で全部を完璧にこなせる人間なんていやしないさ。小さなうちはな、周囲を頼って生きればいい。大きくなったら助けてくれた人を今度は助けてやれるようになればいい。なんて、ちょっと説教臭かったか?」


「……ううん。優しい言葉だと思う」


「ははっ、そうか。それじゃあ、おいちゃんにぜひ迷惑をかけてくれ。訳を教えてくれるな?」


「うん。あのね、ギルって子と一緒の場所で依頼を受けていたの。今日が最後の日だったんだけど、サインをもらった依頼書をその子に取られちゃって」


「ははぁ、その子を追いかけていたのか。相手の子はいくつだ?」


「十歳の孤児院の子なの。返して欲しいけど、もう捨てられちゃったかも……」


「なるほどなぁ。依頼料はいくらだったんだ?」


「銀貨2枚」


「それなら、おいちゃんが代わりに払おう。ギルって子には請負屋に知らせて、おいちゃんからも話をしておく。なぁに、悪いようにはしないさ」




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