第二の野営:川のほとりにて その2
アラードはもがくように進んでいた。ねばつく闇に抗いつつ、足下の赤黒い流れのゆく先へと。
はやる思いに駆られる脚に、だが闇はひと足ごとに絡みつき、赤毛の若者の勢いを押しとどめようとするのだった。まるでその実体が悪意そのものであるかのごとく、動きを、思いを挫こうとする物質的なまでの粘りを、手にする剣では足らず己が身までも刃に見立て押し切り薙払いつつ若き剣士は揺らがぬ意志にて身を支え、ただひたすらに己を前へ前へと、リアが目指している西の地平へと駆り立てていた。音もなく足下を流れゆく小川の水に、東の忌むべき地から西の魔の森へと自分を追い越してゆく流れに負けまいと。
そのあまりの奮闘ゆえかついに濃密な闇が薄れ始め、吸い込むような天蓋がうっすらと白んできた。だがアラードが覚えたのは焦りだった。自身が呪われし者であるかのごとき焼けつくような焦燥だった。
朝がくればリアは、この手で吸血鬼に堕としてしまった幼なじみは陽光から身を隠さねばならぬ。千古の力を蓄えた魔性の姫が統べる闇の森の奥へと。とたんに曙光が心眼を開き、遠い地平を黒々と浮かび上がらせた。長大な地平を丸ごと押し包み蠢く黒き梢また梢。その前に重なり立つ小さな小さな、見えるはずのない二つの姿。背後から昇る無慈悲な太陽に追われつつ、森へ逃れる少女の華奢な後姿。そして両の腕を広げ迎え出る、かんばせすら定かならざる妖姫の後光のごとき金髪に縁取られた丈高き姿!
「行くなリア! 呑まれてしまう!」
叫んだとたん地鳴りと共に大地が波打ち、振り返ったその眼の前で天を圧し聳え立つあの火の山が火柱を吹き上げ崩落する! 地割れに足を取られ転倒しもがく赤毛の剣士に、溶岩が小川から溢れ出るや灼熱のスライムのごとくにじり寄る。この東の地から一歩も出られず果てるのかとの絶望に呑まれんとするまさにそのとき、天地に轟く千の雷鳴に圧されつつもなお届く遠い声。
「……ード、アラード、どうしたのだ?」
緑の瞳が見つめていた。汗びっしょりで見あげる若人を、かの容貌さえ窺い知れぬ妖姫が持つという色の目が。
「うなされておったが大丈夫か? 交代の時間だが、もし具合が悪ければ」
「甘やかすことはないぞグロスよ。一度ここで目ざめたほうが、こいつにとってもよさそうだからな」
身を起こし周囲を呆然と見回していたアラードは、野太い声に振り向いた。草むらに座すボルドフの背後の空遠く、導きの白き星が静かにまたたいていた。