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『白星の魔女』 ~アルデガン外伝8~  作者: ふしじろ もひと
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第一の野営:東の荒野にて その5

「ノールドを目指す旅の途中、俺は考えていました。どこでどう暮らすのか、生きるべきなのかと。斬らずともすんだかもしれぬ者まで何人も斬ってしまったこんな身で、とも」

 無言で見上げる切れ長の目を見つめながら、若き巨漢は言葉を継いだ。

「剣など捨てて暮らせないだろうかとも最初の頃は考えていました。でも自分の村でもそうだったように、どこへいっても戦いの役目が俺に課せられることになるのもわかっていました。国軍に入るのが最も稼げるのだろうとは思いつつ、それでは人間同士の斬り合いを結局は免れない。熊が出る土地なら熊狩りの狩人などどうだろうかとも」

「ノールドにも熊はおるが、冬場は冬眠して狩りにならんぞ」

「道中でもそう聞きました。それに」

 口を挟んだオボールに返しつつ、ボルドフは自分の思いを確かめた。

「考え続けるうちに俺は気づいたんです。自分がなんらかの埋め合わせを望んでいることに。同じ人間を斬った事実がもはや消せないとわかっていても。ここでお聞きした話にそれを見いだせたのではないだろうかと、俺はいま感じています」

「外の世界のこの現状を知った身で、なおもそう思うのか?」

「少なくとも、犯した罪への罰だと思うことはできそうです」


 隻腕の魔術師はしばし考え込む風情であったが、やがて巨躯の戦士にまあ座れと促した。

「正直なところ私は、おまえが述べた理由をどう思えばいいのかわからぬ。だが少なくとも、おまえなりに覚悟ができているのは確かなようだ。とはいえ魔物との戦いは人間相手とは比べものにならぬ厳しさだぞ。おまえの言いぐさではないが、覚悟もなしに戦える相手でないのはわかっているな?」

 ボルドフが頷くとオボールは立ち上がった。

「食事がすんだら隣の部屋で寝むがいい。朝になれば通行手形を書こう。アルデガンで戦うというならおまえの命運はともかく、皆に歓迎されることだけは請け合えるからな」



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「そのオボールという方はご健在なのですか?」

 訊ねたアラードに、剛剣の師はかぶりを振った。

「亡くなったと聞いた。もう十年は昔になるか」

「会われたことはなかったのですか?」

「めったに出向いてこなかったからな。一度だけ俺が討伐に出ていた留守にやってきて、戻ったらよろしくという伝言があっただけだ。だが」

 巨漢の口元が懐かしげにほころんだ。

「通行手形を渡した奴に死なれては寝覚めが悪いから頑張れともいってくれていたそうだ。そこで寝ているグロスの話ではな」

 伸びをしたボルドフが夜空を見上げた。

「戦星もだいぶ傾いた。グロスを起こしてもう寝ろ。オボールのことならこいつの話も聞くといいぞ。明日も長い道中だからいい暇つぶしになるだろう」

 背を向けて横になる師にならい寝転がったアラードの脳裏に、なぜか東の地での記憶の一つがありありと浮かび上がった。それは初めて僧院アーレスを訪れたとき、今は亡きオルトが古文書を読んでくれたときの記憶。元は別の名称だった僧院をアールダが改名したというくだりだった。


 ユーラの村のアレスなる者に尊師は感謝の祈りを捧げ、御心は永久に彼の者と共にありとの誓いのもと東の櫓を意味せしイリアランの名をアーレスと改名せり。


 二人の間になにがあったかは古文書に記されていなかったが、それほどの感謝を捧げた以上それが尊師の心境に影響しなかったはずはないだろうとアラードは思った。人間の愚行に絶望しつつ死を目前にしていたはずの尊師の心に仮にボルドフがいうような願いが宿ることがありえたのなら、あるいはかの改名こそがその証だったのかも。古文書にわずかに名を留めたアレスという村人のことを想ううち、師の話に出てきたアンディやオボールのこともつらつらと思い出されてきた。そんな若き剣士が見上げる黒い天蓋に満ちる無数の星は一つとして戦星や導きの星の輝きに勝るものではなかったが、それら全てが夜空を形作っているように、この世もまた一度きりの出会いも含めた人と人の関わりのなかで巡り続けているのだとしみじみ感じられるのだった。やがて星々からの仄かな光が夜霧のように降り注ぐうち、赤毛の若者の身もまた夜露のごとき微睡みにしっとりと包まれてゆくのだった。


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