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『白星の魔女』 ~アルデガン外伝8~  作者: ふしじろ もひと
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第一の野営:東の荒野にて その4

「アルデガン、それは?」

 初めて耳にするその名を繰り返すボルドフに、やはりそこから説明せねばならんかといってオボールは再び口元を歪めた。

「もう二百年近くも昔、大陸全土には様々な魔物が跳梁し人々に仇をなしておった。そんな世を憂い、我らが尊師と仰ぐ希代の術者アールダは病の身を押して各地の怨敵どもを全てノールド領内の洞窟に追い込まれたのだ。だが尊き身を蝕む死病が魔物どもの討伐を許さず、尊師は洞窟の上に城塞都市を築き諸国から戦士や術者を集め、人間族が国を越え結束することで己が手により悲願を果たすよう託したもうた。ゆえにアルデガン、アールダの城塞とかの地を呼ぶのだ」

「国を越えて結束? そんなことが」

「できたのだよ、当初はな。尊師が数多の魔物どもを追い立てるお姿を多くの者が目の当たりにし、全ての地が人間の楽園となるのを誰もが夢見た。尊師が身一つで切り開かれたその機会を活かすことが人間族の悲願とみなされたのだ。むろん高邁な理想だけがそれをなさしめたわけではないぞ。領土争いを繰り広げていた者たちでさえ、それまで踏み入ることのできなかった魔物どもの領域を併呑できる好機到来に見返りを期待しつつ競って貢献したといえば、想像できるだけの経験をおまえはしてきたと思うが。以後の推移も含めてな」

「……なるほど。だから俺もその名すら知らず、今やこの寺院もこれほど寂れているというわけですか。でも俺などに想像がつくことなら、そのアールダという方に想像できなかったはずはないのでは?」

「だからこそ御自らの手で討伐を目指しておられた。それがかなわなかった御心を想い、託された重みを心に刻めというのが彼の地での教えだ」


 答える魔術師の口調に、だが若き巨漢は自嘲めいた響きを感じ取った。だから率直に訊ねた。あなたはその教えをどう思っておいでかと。オボールは一瞬その切れ長の目を見開いたが、すぐに例の苦笑を浮かべた。

「私はアルデガンで生まれ育った。いまや彼の地の者のほとんどがそうだ。そして最初におまえにいったとおり、生きてアルデガンの外に出られる者はまずおらん。私は例外なのだ。外へ出て現状を、おまえが体験したようなことを知り得た点ではな」

 ではある意味で大多数の者は村にいたときの自分と似ているのかもとボルドフが思ううちにも、隻腕の魔術師は話し続けた。

「だがおまえが従軍していたのは一年にも満たぬ期間。私が外で過ごしたのも僅か数年にすぎぬ。しかし尊師は生涯のほとんどを外界で過ごされたのだ。人も村もことごとく喰らいつくす戦火に幾度も直面されながら。おまえや私にわかることの察しがつかぬわけがなかろう。我らが御心を推し量れぬことのほうがはるかにありうる話というほかはない」

「ならばあなたは、それを推し量ろうとされたのですか?」

「時間だけはたっぷりあるのでな。だが、私には無理らしい」

 切れ長の目が腕の通らぬ右袖に向いた一瞬、ボルドフはその一瞥に無念めいた色を認めた。

「万事において支援が滞っているのはいやでも感じた。巣立ったばかりの若き戦士たちの被害は目を覆うばかりだったが、それを補うべく力ある者たちもまた無理を強いられることが増える一方だったから。私がゴルツ閣下に匹敵する術者だったなどという気は毛頭ないが、下層の入り口までは討伐に赴ける力があったのも事実だ。だからこそ私のパーティは多くの戦いに駆り出された。そして何人もの仲間たちが倒れ、私もこんな身になって戦いから退くことを余儀なくされた。そして病没した前任者の後任としてこの寺院に配属されたのだ。だが!」

 歯を食いしばった魔術師の声が憤激の叫びと化した。

「たとえ外の民から忘れられ、そのおかげでこんな身になったとしても、それで彼らが平穏に暮らせていたなら納得できたのだ。だが私は見せつけられた。人間同士が互いに殺し合うのを。まるで魔物どもを模倣でもするかのように。このざまはなんだ! 私が腕を食われるまで戦ったのは無意味だったのか! あいつらはこんなことをさせるために死んだのではないわあっ」

 ボルドフは言葉を失った。魔術師の叫びにというより己もまたそんな愚行を演じたとの恥辱に、無念さに圧倒され鷲掴みされる思いだった。

「尊師ほどの方がこの現状を予見できぬはずがなかったのなら、わかっていながらアルデガンを建立されたということになるではないか。確かに魔物による民草の犠牲は飛躍的に減っただろう。だが、それが人間同士の殺し合いに置き換わっただけならなんの意味があるというのだ。私にはその真意がわからぬ。わかる気がしない……っ」

 悔しげに押し黙ったオボールの姿にボルドフは撃たれた。このような思いで人の世を守るべく戦っていた者たちがいたなどとは想像もつかぬことだったから。そして、そんな魔術師の姿の先に彼は感じた。尊師と呼ばれるその者がそんな思いをさらに深めていたとすれば、それは、もう……。

「願い、だったのではと思います。あなた方を失望させるまねを免れなかった俺にいえた義理ではないですが」

 ボルドフは続けた。ゆっくりと己に向けられるまなざしを正面から受け止めつつ。

「その方が死を目前にしていた以上、いつかは人間が魔物の域を脱してくれるようにと祈る思いでそうする以外にすべがなかったのでは? そんな気がします」


 しばし見つめ合った後、隻腕の魔術師が姿勢を改めた。

「……これがアルデガンの現状だ。それを知ったいま、おまえはいかなる道を選ぶ? 私は強制などする気はないぞ」

 問いの重みを心で確かめ、やがてボルドフは立ち上がった。


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