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『白星の魔女』 ~アルデガン外伝8~  作者: ふしじろ もひと
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第三の野営:風渡る岐路にて その12

「……ロス、おい、グロスよ」


 微かに声が聞こえたと思ううちに、やがて目の前がうっすらと明るくなってくる。虚脱しなにも考えられずにいる間にも、ゆっくり増してゆく明るさ。だが突然それが陰ったとたん、その身を襲う振動と激痛! 喉から出たはずの悲鳴をかき消さんばかりに再び響く焦り声!

「早く自分に癒しの術を! 傷が化膿しかけてるんだぞ!」

 考えるというより声に押され痛む手足に掠れ声で唱える呪文。思うように効かず何度も繰り返すうちにやっと痛みが薄れ始め、ようやくその目が自分に屈み込むボルドフの顔へと焦点を結ぶ。肩にかかった大きな手が離れたとき、造作も巨きくいかつい顔に残るやつれめいたものを認めたグロスの目がいっそう見開かれたとき、見上げる大きな顔にはっきり浮かぶ安堵の表情。

「よかった、もう助からんかと思った……」

 いわれて記憶が繋がったとたん、上体を起こそうともがきつつグロスは叫ぶ。

「あの子は、あの子は!」「無事だ、心配いらん」

 放心の態で見上げるその身をそうっと寝床へと押し戻しつつ、巨躯の戦士は言葉を継ぐ。

「おまえが守り抜いたんだぞ。そのボロボロの身を挺して」

 その意味がやっと身に染みたとき、見上げる巨体が視野の中で溢れ出るものに潤んだ。もはや相手が続けたらしき言葉も耳には届かず、グロスはただ己が思いに圧倒されるばかりだった。




「……姉は赤子だった私を狼から守ってくれた。けれど棺のある僧院アーレスにも姉の名前すら伝わってはおらず、ただこの黒い石が」

 懐を探ろうとするグロスの手に、ボルドフは手当の際に除けておいた三日月形のあの形見の小石を握らせた。

「これしか残されてはおらなんだ。顔ひとつ覚えようがなかった私には、幼子の身で私を守り抜いてくれたという姉がどのような子供だったのかすら知るすべがなかったのだ、そして」

 ずいぶん落ち着いてきたとボルドフは思った。最初は興奮してとりとめがなかった話も相当わかりやすくなっていた。おそらくグロス自身、同じ話を幾度も繰り返すうちに自分の思いを掴めるようになってきたのだろう。

「吸血鬼の手に落ちたラルダを見捨てた私は、姉のことを知って以来、そんな幼子にも私は及ばないのだと、心のどこかで感じていたように、今にして、思う……」「もういい、眠れ」

 まだ話し足りない様子ながらも睡魔には勝てず、ようやく目を閉じたグロス。その様子を見守っていたボルドフはやがて寝息が聞こえてきたのを確かめ毛布を肩まで引き上げた。そして死地を際どいところで脱した相棒の寝顔を複雑な思いで見つめた。


 グロスが最後にいおうとした言葉こそ老アルバから伝え聞いたかの火の山の迷宮での惑いの根源になっていたものなのだろうと今さらながらにボルドフは察した。けれど今回のことでグロスは大きなものを二つも得たと何度も何度も話していた。一つは姉が自分を助けた思い、自分が幼子を庇った無我夢中のあの思いこそ姉を突き動かしていたものと同じだったに違いないと。そうなのだろうとボルドフも思った。だからグロスが二つ目として挙げた姉のそんな思いの片鱗だけでも自分が持ち得たことで、顔も名もわからぬままだった姉をわずかながらも取り戻せた気がするとの言葉にも頷けたのだった。

 おそらく今回のことでグロスが得たものは、彼が永く持てずにいた支えとも自信ともなるだろうと予想できた。そうである限りそれは喜ばしいことのはずだった。たとえ姉への思いに憑かれている点は変わっていないように思えても、少なくとも以前よりはいい形になるのであればそれでよいはずではないのかと。けれどいくら自分にそういい聞かせても、ボルドフはなにか予感めいた危惧のかけらを己が心から振り払うことができなかった。


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