第三の野営:風渡る岐路にて その9
「敵襲ーーーーっ」
思いもかけぬ見張りの大声に襲いかかった村人たちはあるいは竦み、残りも思わず足が鈍る。とたんに立ち並ぶ建物の戸口から目をぎらつかせた野盗どもが抜き身を手に跳び出てくるや気勢を削がれた村人めがけ逆襲する!
「う、わぁあああーー」
悲鳴とともに振り回した山刀があっけなく手から弾け飛び、哄笑に歪む残忍な顔が迫りきた瞬間、正面から生臭い血潮を叩きつけられ尻餅をつく農夫。首が飛んだと放心しかけたその手が、言いようのない感触のなにかを掴む。思わず顔を拭った腕の動きにまだ自分の首がつながっていることをやっと悟り、赤い目潰しを拭った農夫が絶句する。
鎖帷子ごと両断された野盗の胴からぶちまけられ、まだ握った手の中で蠢く臓物。あまりのことに取り落とした手をわななかせるばかりの農夫の耳にようやく届く阿鼻叫喚!
仲間を襲う敵に追いすがるや、一撃で粉砕する巨躯の戦士! それが駆け抜けた後は屠られた敵とへたり込んだ仲間ばかりで、立っているものなど誰もいない。そんながら空きの屠殺場に響く悲鳴混じりの首領の叫び!
「ひ、怯むな、全員で囲めえっ! 周りから一斉に斬りかかるんだあっ」
さすがに軍にいただけあって統制を失わなかった残党たちが、頭ひとつ抜け出た巌のごとき巨体を取り囲む。だが全員が得物を振るった瞬間、一閃した豪腕が折れた剣や槍の穂先もろとも黒い飛沫を噴水のように巻き上げ、棒立ちになった首領が駆け寄った巨大な影の一撃に文字通り破裂するに至り、死そのもののごとき沈黙があたりを覆う。
あまりの惨劇に己が失禁していることさえ気づけなかった農夫の意識が遠のく最後の瞬間、けれど周囲の建物の壁に燃える松明の光が殺戮者の姿を瞼に留めた。剣を折れんばかりの勢いで地に突き立てた巨大な影が屠った者どものただ中に歩を進め、膝を屈し両の拳を地につけるや深々とうなだれる姿を。
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「そんな、隊長が……」
言葉が続かぬアラードの前でグロスも口を引き結び、揺れる焚き火に視線を落としていた。そんな沈黙についに耐えかね、若き剣士は白衣の神官に訊ねた。
「それは隊長から聞かれたのですか? 隊長が、本当に?」
呪文の師はゆっくりとかぶりを振った。
「ボルドフ自身は私になにも話さなかった。話したのはまだ若いイエネという名の農夫だった。戦いに同行した男たちは誰ひとりその恐ろしい戦いを身近な者に話すことができず、同じ経験をした者同士でわずかに漏らすばかりだったのだが、イエネの神経はそんな恐怖を抱え込むのに耐えられなかったのだ。とうとう思いあぐねた彼は私の元を訪ねた。あんたが本当に見かけどおりの坊主だというなら、俺の話を聞いてくれ。そして俺たちのもとからこんな記憶ごといなくなってくれといって」
「なんて無礼な! 人を勝手に化け物扱いしておいて本物の坊主ならなんて。きっと隊長のことだって大げさに言いふらしてるに決まってる!」「いや」
目を剥いて憤る赤毛の若者を制した片手の動きは柔らかなものだった。
「それでも私をどうにか人間扱いしてくれた大人は彼だけだったのだよ。それほど悩みが深かったせいもあるが、それだけが理由ではなかったのだから」




