第三の野営:風渡る岐路にて その8
「ボルドフ! そなた……っ」
後の言葉が続かない白衣の神官の眼前で、けれど巨躯の戦士もまた押し黙ったまま身じろぎもしない。ついに沈黙に耐えかねたグロスの声は上擦っていた。
「そなた、アルデガンの教えを受けた身で人間に刃を向けるつもりか」
「……ああ、本当なら手出ししたくない。だが敗残の身とはいえ奴らはれっきとした軍だ。焼き討ちしか能のない連中が正面から戦えるほど甘くはないし、石造りの建物では焼き討ちをかけても体勢を崩すのが関の山だ。加勢抜きでは全滅もありうる」
顔を上げ、なおも続けるボルドフの言葉は、相手にというより己に言い聞かせるようだった。
「これは必要な戦いなんだ。ここで連中が奴らを退治できれば、周囲の村々は連中を受け入れてくれるだろう。災いを除いてくれた感謝だけでなく、手出しできなかった難敵を倒した力への畏れもまた連中に有利に働くはずだ。だが連中が自力だけで勝ったとなれば己の力への過信が周囲を従えんとの野望すら招きかねん。イルの村で連中が移住者たちを扱っていたように。忘れさせてはならないんだ、己の力だけでは決して勝てない戦いだったということも」
「だ、だがそれではそなたが罪を負うことになるではないか! 心ならずも背負った罪の償いにとあえてアルデガンに身を投じたそなたが!」
巨躯の戦士は巌のような首を横に振った。
「アルデガンを出てからのことを思い出せ。俺はたとえ身を守るためとはいえ、何度も剣を人間相手に振るってしまった。ここで罪に後込みしても意味はないんだ」
「ならば私もいく! そなた一人に背負わせてなるものか」
「バカいうな。女子供を放り出すつもりか! 敵の力を考えれば男どもは総出でかからねばならん。後を任せられるのはグロス、おまえだけなんだぞ。後ろを見ろ」
振り向いたグロスは、少し離れた馬車の陰からこちらを覗いている黒髪の民の幼女を認めた。
「奴らの寝込みを襲うとはいえ万一の用心は欠かせん。もし何かあれば、皆を守るのはおまえだけだ」
立ち上がりつつもボルドフは続けた。
「俺はおまえの悩みや罪悪感を増やすためにこんな遠くまで連れ出したんじゃないんだ。アルデガンでの教えどおり、人々を守る努めに専念してくれ」
歩み去った巨躯の戦士の号令に応え武器を手にした男たちが集められ、やがて彼らは夜影に紛れてキャンプを後にしていった。予想外の事態に動揺を抑えきれぬ白衣の神官を残して。




